一般講演12

ヘム獲得タンパク質による獲得対象の誤認識

白瀧千夏子
名古屋大学大学院 理学研究科 物質理学専攻(化学系)
  鉄は生体必須元素の一つであり、生体内では各種のタンパク質の活性中心などに利用されている。例えば、ヘモグロビンではヘムと呼ばれる補因子の鉄原子に酸素分子が結合することが知られている。生物は生存のために鉄を外部から獲得する必要があるが、動物の体内に生息するある種の細菌では、宿主のヘムを菌体内に取り込んで鉄を得るという機構が発達している。
  緑膿菌は多剤耐性菌の出現で有名なグラム陰性細菌である。この菌では、「ヘム獲得システム」と呼ばれるヘム奪取機構が存在することが知られている。この機構を利用したヘム獲得では、まず緑膿菌が鉄欠乏状態に陥ることでHasAp (Heme Acquisition System A from Pseudomonas aeruginosa)と呼ばれるヘム結合タンパク質が菌体から分泌される。分泌されたHasApは宿主のヘモグロビン由来のヘムを捕捉する。捕捉されたヘムはHasApから、緑膿菌の細胞外膜に存在する特異的レセプターであるHasRへと受け渡される。ヘムはHasR中を通り、さらに細胞質まで輸送された後に酵素によって分解され、鉄が取り出される。
  HasApは、主にC末端のシグナル配列を切断された状態である184残基のタンパク質として機能することが知られている。野生型HasApや変異体の結晶構造から、まず下側のループとヘムが相互作用し、その後上側のループが覆い被さることで「閉じた」構造が形成されるのではないかと考えられている。
  上下から挟み込むようにヘムを捕捉する結合機構や、ヘムを結合したHasApにおいてヘム周辺に空間が存在することからは、「ヘム以外の様々な構造の錯体であってもHasApは捕捉できるのではないか」という疑問が浮かぶ。そこで私は、どのような構造の錯体をHasApは捕捉できるのかということや、捕捉した際のHasApの構造について調査を行ってきた。得られた結果から、HasApがどのようにして錯体を認識しているのかについて考察を深めていきたいと考えている。