一般講演9

細胞膜脂質構造から考える初期生命の進化:
Glycerol-1-phosphate dehydrogenase 起源の解明

中島慶樹
東京薬科大学大学院 生命科学研究科生命科学専攻
  生命の進化における系統関係を明らかにするうえで、初期の生命の特徴やその進化を理解することが重要である。初期の生命について多くの研究が行われているが、全生物共通祖先がどのような特徴を持つ生物であったのかについては未だに議論が続いている。
  生物において、細胞膜は自己と外界とを隔てる重要な構造である。したがって細胞膜の起源と進化は、生物の誕生や進化と密接な関係があると考えられる。生物の持つ細胞膜は主に脂質とタンパク質から構成されており、細胞膜を構成する脂質は真正細菌-真核生物と古細菌でその構造が大きく異なっている。真正細菌-真核生物型細胞膜脂質と古細菌型細胞膜脂質の大きな違いの一つとして、脂質のグリセロール骨格とリン酸基の結合によって生じる立体配座の違いが挙げられる。真正細菌-真核生物の細胞膜脂質はすべてsn-glycerol-3-phosphate (G3P)から構成されているが、古細菌ではG3Pの鏡像異性体であるsn-glycerol-1-phosphate (G1P)から構成されている。また、真正細菌と古細菌の細胞膜脂質合成におけるジヒドロキシアセトンリン酸からG3PとG1Pの生合成は、全く起源の異なる酵素であるG3P dehydrogenase (G3PDH)とG1P dehydrogenase (G1PDH)によって行われる。Kogaらは真正細菌と古細菌の細胞膜リン脂質構造が異なること、またこれらのリン脂質が起源の全く異なるG3PDHとG1PDHによって合成されていることから、G3PDHとG1PDHの出現が生物を真正細菌と古細菌に分岐させたという進化モデルを提唱した 。彼らのモデルに従えば、G3PDHとG1PDHはそれぞれ真正細菌共通祖先と古細菌共通祖先において出現したとしている。しかし近年、真正細菌の一種であるBacillus subtilisにおいてG1PDH活性をもつタンパク質が発見された 2 。この発見はこれまで古細菌共通祖先が独自に獲得したと考えられていたG1PDHの起源が古細菌と真正細菌に分岐する以前であった可能性を示唆する。そこで我々は古細菌由来G1PDH、真正細菌由来G1PDH及びそのファミリータンパク質を用いて分子系統学解析をおこない、G1PDHの起源を明らかにすることを試みた。今回はこの解析結果について報告する。

1. Koga, Y., Kyuragi, T., Nishihara, M., & Sone, N. (1998). Did archaeal and bacterial cells arise independently from noncellular precursors? A hypothesis stating that the advent of membrane phospholipid with enantiomeric glycerophosphate backbones caused the separation of the two lines of descent. Journal of molecular evolution, 46(1), 54-63.
2. Guldan, H., Sterner, R., & Babinger, P. (2008). Identification and characterization of a bacterial glycerol-1-phosphate dehydrogenase: Ni(2+)-dependent AraM from Bacillus subtilis. Biochemistry, 47(28), 7376-84.