Viva Origino Vol.43 No.2
右と左からみた生命の世界

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黒田 玲子
東京理科大学・研究推進機構総合研究院
〒278-8510千葉県野田市山崎2641
rkuroda@rs.tus.ac.jp
(Received 21 July, 2015, Accepted 30 November, 2015)

1. ホモキラルな生命世界

  世の中には、キラルなものと、アキラルな(キラルでない)ものとがある。キラルとは、鏡像と実像が別のもので、右と左の違いのある手や足に代表される。鏡像と実像が同じであるアキラルなものの代表は、靴下である。厳密に言うと正しくはないのだが、キラル、アキラルなものを、それぞれ、左右非対称なもの、左右対称なものとすると、わかりやすいかもしれない。このようなマクロなものに限らず、分子の世界にもキラルなものとアキラルなものとがあるし、電磁波にもキラルなものとアキラルなものがある[1]。
    生命世界ではキラリティーは特に根源的に重要である。それは、分子レベルで見ると、生命体は左右の一方側の分子だけから構成されているからである。生命現象の基礎となるセントラルドグマに登場する核酸(DNA, RNA)を構成している(デオキシ)リボースには、D(右)型とL(左)型の分子の中の、D型しか使われていない。たんぱく質を構成しているアミノ酸も、D,Lの中の、L型のみが使われている。これはヒトに限らず、バクテリア、植物、動物と、地球上の全生物に共通しており、また、進化の過程をさかのぼっても、同じキラリティーであったと考えられている。
    したがって、生命の起源を説明するには、生命世界のホモキラリティーも説明されなくてはいけないこととなり、キラリティーは原始地球での生命誕生の謎の解明の鍵を握るものとなっている。また、右足に左の靴を履くか右の靴を履くかでは大きな違いがあるのと同様に、生命体が分子レベルでホモキラルであるために、右型と左型の分子では生理作用が異なることがあり、医薬や農薬、食品添加物などでは、大問題となる。このため、左右の分子を識別して分ける、あるいは左右の一方だけを合成することは大きなテーマとなっている[1]。
    アカデミックな観点からは、生命の起源以外にも、キラリティーは大変に興味深いものである。互いに鏡像対称である物質はそれ以外の構造がまったく同じであり、したがってキラリティーに関する性質以外は同じである。このために、左右の分子を分別するのが困難なのであるが、逆に、鏡像体という比較対照物質が存在するという強みがあることにもなる。ミクロとマクロの世界のつながりは、生物界、物質界でほとんど明らかになっていないが、この強み故に、キラリティーはそれをつなぐ大変に優れた現象であると筆者は考えている。たとえば、分子はどうやって隣接する分子の構造を認識して、マクロな結晶を構築していくのだろうか?あるいは、分子から細胞、器官、生物個体へ生命体のボディプランはどうやって構築されているのだろうか?筆者はこのような問題に、キラリティーを使いながら、化学と生物の両分野でとりくんできている[2]。

2. ミクロとマクロの架け橋をキラリティーで探るー化学の世界

   分子の左右を識別するには、分子がまばらに存在している気体状態や、多くの溶媒分子に囲まれ分子が自由に動き回れる溶液状態よりも、分子が互いに接触し、コンフォメーション(形)やオリエンテーション(向き)が固定されている固体状態のほうがはるかに適していることは明らかである。筆者は固体状態のキラル化学を早くから開拓してきた。結晶化に伴うキラリティー認識、キラル増幅は、一方のキラリティーを持った化学物質の産生にも、ホモキラルな生命世界の誕生の鍵にもなると考えている(Fig. 1)

fig1
Fig. 1 固体キラル化学の概念図[2]

a)溶液からの結晶化過程における優れたキラリティー認識

 化学反応でジアステレオマー体を作成しても、そのキラル識別能(右足―左の靴と右足―右の靴の相互作用の違い)が不十分な2級アルキルアルコールも、このアルコールを溶媒として用い、ありふれたアキラルなジカルボン酸とキラルな塩基(ジアミン)を溶質として結晶化させるだけで、簡単に分別できることを見出した。2-ブタノールの場合には、結晶化により91%ee(ee=enantiomeric excess)、つまり、95.5:4.5の割合で、用いたジアミンのキラリティーに依存してアルコールのキラリティーが選択される。これは、ジカルボン酸とジアミンそして、溶媒に含まれていたわずかな水分子が、水素結合を介した螺旋状のカラムを作り、このキラルなカラムの間に、左右一方のアルコール分子がトラップされるからである[3]。
    もう少し鎖の長いアルコールの場合には、ジカルボン酸を、π電子系がより大きな分子に変えることで光学分割(左右の分別)が達成できた。このようなことが容易にできるのは、超分子といって、共有結合でできた分子ではなく、弱い結合で複数の分子が集まってきた構造だから可能なのである[4]。

b)結晶共粉砕による新化合物の合成、新結晶成長

   通常、結晶は溶液から生成されるが、近年、結晶を共粉砕することで得られる例がたくさん報告されるようになってきた。筆者はビスベータナフトール(BN)およびベンゾキノン(BQ)の結晶を共粉砕すると、非晶質ではなく、電荷移動錯体の結晶ができることを見出したが、最初はなかなか信じてもらえず、電荷移動錯体を空気中に放置しておくだけでBQが昇華し、固体中で分子の再配列が起こり、3次元周期構造を持つBNの結晶に戻ることまで示して納得してもらった[5]。ここで面白いのは、溶液から得られた結晶と、固体状態での結晶化で得られた結晶とでは、異なった構造の結晶が得られることである。キラリティー認識も異なっており、電荷移動錯体の特徴である、BQをサンドイッチ型にはさんでいるBNが、溶液の場合は逆のキラリティーのもの、固相結晶化では同じキラリティーのものである。溶液状態では分子が分散し、時には溶媒分子の関与もあるが、その状態からもっとも自由エネルギーの低い構造の結晶が生成される。これに対し、結晶の共粉砕で得られる結晶は、元の結晶構造を記憶しているからであると考えている[6]。金属塩と配位子を共粉砕した後で、融点よりも低い温度でアニーリングすると、固体状態で金属錯体を生成する。溶液状態では単核錯体ができる場合にも固相状態ではポリマーが得られること、この結晶は空気中の水を吸って水分子を配位した単核結晶になり、加熱により水分子が失われ再びポリマーになる。この過程は何回も繰り返すことができるなど面白い現象を見出した[7]。

3. 凝集状態のキラリティーを測定できる分光計の開発

   固体状態のキラリティーを測定するには、一般には市販の分光装置を使うことができない。それは、分子がランダムな配向をとっていないために、マクロレベルでの異方性があり、Linear Dichroism (LD), Linear birefringence (LB)が非常に大きく、測定したいCircular Dichroism (CD)のピークが埋もれてしまうからである。時にはLB, LDピークがCDピークの数百倍にもなることがある。われわれは、CD, CB, LB, LDピークをすべて測定できるキラル分光装置、UCS(Universal Chiroptical Spectrophotometer)を開発した。軸出しをしたサンプルの特殊な測定を行い、スペクトルの演算を行うことで、異方性によるピークを消去し、求めたいCDスペクトルを求めることが可能となった[8]。UCS2号機、3号機では、試料を水平に置き、光を上から照射するようにデザインした。粉体などの拡散反射CDと、重力の影響を受けることなく試料の相転移のリアルタイム透過CDの両方の測定を可能とした[9,10]。
    これらの装置を使うことで、有機・無機結晶の物性[11]、アルツハイマー病関連ぺプチドであるβ-アミロイドなどの凝集状態を調べることができるようになった。特に、β-アミロイド(1-40)、家族性アルツハイマー病患者に多く見られる(1-42)ペプチドの凝集過程のリアルタイム測定から、面白い結果が得られている[12]。

4. 生命世界のキラリティー 一個の遺伝子で決まる巻貝の巻き型

   ある種の巻貝の巻き型は一個の遺伝子で決まると、1923-30年に報告されている。これはメンデルの時代の遺伝子であるが、その後、母親の1個の遺伝子座により決定される(遅滞遺伝)ことをわれわれは実証することができた[13]。また、巻貝の巻き型は発生のごく初期に決まっていることが、1894年という昔に観察されている。われわれが使っている淡水産の巻貝は右巻き98%、左巻き2%が天然に正常体として存在している珍しい例で、通常、貝は一方の巻き型、多くは右巻きをとる。
    一細胞の受精卵が2細胞になり、4細胞、8細胞、16細胞、24細胞と、細胞分裂(卵割)していき、gastrula, trochophore, veliger期を経て、juvenile(稚貝)そして、成貝になっていく。その発生の過程は、右巻きと左巻きでは完全に鏡像対称であると世界的に著名な教科書に書かれている[14]。ところが、詳しく見るとこれは正しくなく、その違いこそが巻き型決定機構に重要であることを見つけることができた[15](Fig. 2)。4細胞から8細胞に卵割する第3卵割期において、4つの細胞から小さな4つの細胞が生じる。右巻き胚では早くから螺旋型の細胞の歪み、spiral deformation(SD)が起き、その結果、紡錘体も螺旋状に傾いて配置される。これを、spindle inclination(SI)と名づけた。SDとSIがあって、小さな4つの細胞は右巻きに突き出てきて、細胞がくびれながら、右巻き回転を終了する。左巻きはこれとは異なり、4細胞から小さな細胞が出てくる時は紡錘体もまだ放射状に配置し(SIなし)、細胞の真上に丸い突起が出てくる(SD なし)。細胞がくびれる時に左に回転する。この回転の様子が1894年に観察されていたわけである。このような微妙な違いがあり、それを司っているのが巻き型決定遺伝子であること、細胞骨格を形作るアクチン関連遺伝子であることをあきらきにした[15]。
    その後、この時期の小さな細胞の回転方向を、人為的に逆にしてやると、遺伝子に書かれたのとは逆巻きの貝が誕生することを突き止めた[16]。遺伝的には右巻きとなる貝を左巻きに、左巻きとなる貝を右巻きにすることができた。そして、それらの貝は奇形ではなく正常であり、成長し子供も産んたが、遺伝子に則った元の巻き型に戻ることも証明できた[16]。発生の早い時期に割球の左右の位置関係を逆にすると左右が逆転したボディープランを持った貝に成長できるのは、脊椎動物の体の左右を決めるのに関係していることで知られているnodalとPitx2遺伝子が、巻貝にもあり、右巻貝は胚の右側で、左巻き胚は左側で発現すること、4から8細胞になるときの物理的な操作の結果、鏡に写したサイトで働くようになるためであることも明らかにした(Fig. 2)[16]。

fig2
Fig. 2. 巻貝の左右ボディプランの決定[17]

5. 今後の研究

   化学分野も生物分野も、面白い展開をしている。化学分野では、通常キラルな結晶を作らない化合物に対し、キラリティー転写をしつつキラルな結晶の生成を行うことができるようになってきた。その分子レベルでのメカニズムを調べていきたい。また、ゲルのような生体により近い状態でのキラリティーの測定もできるように取り組んでいる。巻貝の研究も、巻き型決定遺伝子の同定まで、近づいてきている。細胞の物理的位置関係がどうして後の遺伝子発現のサイトを決めているのか、オーガナイザーはいつ、どうやって決まるのか?脊椎動物のキラリティー決定は発生がかなり進んだ段階で観測されるようになるので追跡が困難であるが、巻き貝の場合は、第1卵割から3時間後にキラリティーが決定され、螺旋卵割というやり方でキラル情報を後に伝えていっている。遺伝子(分子)レベルから生物個体をつなぐ良いモデル生物と考えている[17]。
    新しいことが明らかになるとさらに疑問が出てくる。今後もこの面白い研究を飛躍させていきたいと考えている。

参考文献

  1. 黒田玲子、『生命世界の非対称性』.中公新書、中央公論社. P1-216. (1992).
  2. ERATO Kuroda Chiromorphology project, JST, 1999-2004.
  3. Y. Imai, M. Takeshita, T. Sato and R. Kuroda, Efficient Optical Resolution of Secondary Alkyl Alcohols by Chiral Supramolecular Hosts. Chem. Comm., 3289-3291(2005).
  4. Y. Imai, M. Takeshita, T. Sato and R. Kuroda, Successive Optical Resolution of Two Compounds by One Enantiopure Compound. Chem. Comm., 1070-1072 (2006).
  5. R. Kuroda, Y. Imai, and T. Sato. Chirality Recognition in Solvent-Free Solid-State Crystallization: Chiral Adduct Formation by Bis-β-naphthol Derivatives and Benzoquinone Crystals. Chirality,13, 588-592 (2001); R. Kuroda, Y. Imai, and N. Tajima, Generation of a Co-crystal Phase with Novel Coloristic Properties via Solid State Grinding Procedures. Chem. Com., 2848 -2849 (2002).
  6. R. Kuroda, T. Sato, and Y. Imai, Varied Charge-Transfer Complex Crystals Formed between diols and benzoquinone in the Solid and Solution States. CrystEngComm, 10, 1881-1890 (2008).
  7. J. Yoshida, S. Nishikiori and R. Kuroda, Formation of 1D and 3D coordination polymers in the solid state induced by mechanochemical and annealing treatments: bis 3-cyano-pentane-2,4-dionato metal complexes. Chemistry European Journal, 14, 10570-10578 (2008).
  8. R. Kuroda, T. Harada and Y. Shindo. A Solid-state Dedicated Circular Dichroism Spectrophotometer: Development and Application. Rev. Sci. Instruments, 72, 3802-3810 (2001).
  9. T. Harada, H. Hayakawa and R. Kuroda, Vertical-type chiroptical spectrophotometer (I): Instrumentation and application to diffuse reflectance circular dichroism measurement, Rev. Sci. Instruments, 79,073103-6 (2008).
  10. N. Asano, T. Harada, T. Sato, N. Tajima and R. Kuroda, Supramolecular chirality measured by diffuse reflectance circular dichroism spectroscopy. Chem. Commun.2009, 899-901.
  11. T. Harada, Y. Shindo and R. Kuroda, Crystal Chirality of the Non-chiral Inorganic Salt, α-Ni(H2O)6・SO4. Chem. Phys. Lett., 360, 217-222 (2002); T. Harada, T. Sato and R. Kuroda, Intrinsic Birefringence of a Chiral Sodium Chlorate Crystal: Is Cubic Crystal Truly Optically Neutral? 2pe-jime hiradirannChem. Phys. Lett., 413, 445-449 (2005); T. Harada, T. Sato and R. Kuroda, Inversion of the sign of the solid-state circular dichroism at low temperature. Chem. Phys. Lett., 456, 268-271 (2008).
  12. T. Harada and R. Kuroda, CD measurements of β-amyloid (1-40) and (1-42) in the condensed phase, Biopolymers, 95, 127-134 (2011).
  13. R. Kuroda, How a single gene twists a snail, Integrative and Comparative Biology, e54, 677-687 (2014).
  14. “Developmental Biology”, 8thedition (2006), Scott F. Gilbert, Sinauer Associates, Inc.
  15. Y. Shibazaki, M, Shimizu and R. Kuroda, Body Handedness is Directed by Genetically-Determined Cytoskeletal Dynamics in the Early Embryo. Current Biology, 14, 1462-1467 (2004).
  16. R. Kuroda, B. Endo, M. Abe and M. Shimizu, Chiral blastomere arrangement dictates zygotic left-right asymmetry pathway in snails. Nature, 462, 790-794 (2009)
  17. R. Kuroda, A twisting story: How a single gene twists a snail - Mechanogenetics, Quarterly Reviews of Biophysics-DISCOVERY, 1-8 (2015).



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