Viva Origino Vol.42 No.4
DEFINITIONS OF LIFE RELEVANT TO ORIGIN AND EVOLUTION —IMPLICATION IN SCIENCE EDUCATION

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Toratane Munegumi

Department of Science Education, Naruto University of Education
Naruto, Tokushima 772-8502, Japan
E-mail: tmunegumi@naruto-u.ac.jp
(Received 19 September, 2014, Accepted 12 January, 2015)

Abstract
  Definition of life has been investigated by many researchers for many years. The researchers belonging to different fields have stressed their definitions from their view points. Therefore, they draw the line between life and non-life at different positions. Now there are many proposals to allow the meaningless of the definition of life to lead the goal of origin of life. However, I pretend to address a brief history of the definition of life and to seek some criterion of the definition of life, which may not be useful for researchers but useful for teachers. The criterion of definition of life must be a good foothold to teach students sciences including biology.

(Keywords) Definition of life, origin, evolution, science education



起源, 進化と生命の定義:理科教育への 意義
胸組虎胤
鳴門教育大学大学院学校教育研究科
自然系コース(理科)

1.はじめに  

 生命の定義,すなわち,「生命とは何か?」という命題については,古来より様々考察されてきた[1]。哲学者アリストテレスは生命には「魂」があり,非生命には「魂」がないと考えて,これらを区別した[1]。アリストテレスは「魂」を生命と関連づけて次のように3つの特性で定義した。「可能的に生命をもつ自然的物体の,形相としての実体」「可能的に生命をもつ自然的物体の,第一次的な現実態」「器官をそなえた自然的物体の,第一次的な現実態」と。つまり,「魂」というものは生命の属性として捉えている[1]。この考えは「生気論」(vitalism)につながる考え方であった。現在でも魂は測定し,証明できないものであり,現状では科学的な定義としては受け入れることはできない。
 しかし,哲学的な発想ではなく,自然科学的な手法により,生命の特徴を測定し,非生命と区別する手がかりを得ることはできる。本論文においては,生命の定義を起源,進化と関連させて整理し,次に,生命の定義が理科教育とどのように関係するかについても論じる。

2. 生命の特徴を見る観点

2.1. 物理学的観点

 長年カエルの足に対する電気の作用を研究してきたガルバニ(L. Galvani)は1791年に『筋肉の動きへの電気の効果』という論文で,動物の脳,神経,筋肉から発生する電気の存在を信じていたことを述べている[2]。これ以降も,生命を物理学的に測定する手法は研究されてきた[2, 3]。この物理学的手法の流れにあると考えられるのが[2],シュレディンガー(E. Schrödinger)により書かれた『生命とは何か』(”What is life?”)[4]である。シュレディンガーは,生命の特質を物理学的あるいは化学的観点から論じている。たとえば,「生物体は「負エントロピー」を食べて生きている」,「生物体は環境から「秩序」を引き出すことにより維持されている」などの記述がある[4]。

2.2. 化学的観点

  アリストテレスの定義に関わらず,生命と非生命の構成成分の違いについては漠然とではあるが,だれもが違いを認識していたと思われる。
 1828年,ドイツの化学者Wöhlerが無機物から尿素を合成した[5]。彼はその発見について彼の師であるBerzeliusへの手紙の中で,”ich Harnstoff machen kann, ohne dazu Nieren ---”「私は腎臓なしに尿素を合成することができました---」と書いたことは有名である[6]。これは,生命が作る物質(有機物質)と生命と関係のない物質(無機物質)との間には,明確な線が引かれており,人間が無機物質から有機物質を作ることは不可能であるとの考えを示している。すなわち,物質という点では生命と非生命は完全に区別されていた。
 Wöhlerの発見により,無機物質から有機物質が合成でき,生命由来でも非生命由来でも同じ物質を合成できる可能性が出てきた。
  ただし,その後,生命と非生命の物質との間にはキラリティーの問題があることがわかった[7]。生命を構成する物質は一方のキラリティーを持つ化合物からできている(片手構造)が,非生命の物質ではそのような制約はない。

2.3. 生物学的観点

  生命と非生命とを分ける重要な観点は,物理学的,化学的観点以外に,生物の観察により得られる形質的特徴の観点がある。類似性をもつ生物をグループ化して種とし,世代にわたる形質ごとの特徴の推移を遺伝と考え,何代にもわたる形質の推移と分岐を進化として観てきた。
  種と形質の推移と分岐を初めて関係づけたのはラマルク(God J. B. Lamarck)である [8-11]。しかし,その過程がどのように働くかについての考えはダーウィン(C. Darwin)によるものであった[11, 12]。また,ダーウィンは1830年代に生命の樹(系統樹)のメモをノートに残している[11]。同様な系統樹を示した論文は1855年にウォレス(A. R. Wallace)が出版しているとされる [11]。系統樹は,生命と非生命とを区別するために重要な考えである進化をわかりやすく表現したものと言える。
  この系統樹を下の幹の方に辿っていくと1本にまとまっている(Fig. 1にあるThe start point of the treeの箇所)。これはすべての生命が1つの祖先から枝分かれしたとする着想を含んでいる。
  では最初の生命はどこから来たのであろうか。ダーウィンは最初の生命の自然発生を否定していなかった [12, 13]。『種の起源』(On the Origin of Species)[14]の最後に近い部分に以下の記述がある[13]。

  “Probably all the organic beings which have ever lived on the earth have descended from some one primordial form, into which life was first breathed” [13]

  また,条件が整えば生命が発生したと考えていたことは,彼の友人フーカー(J. D. Hooker)への1871年の以下の手紙に明らかである [12, 13]。

  “But if (and Oh! What a big if!) we could conceive in some warm little pond, withal sorts of ammonia and phosphoric salts, light, heat, electricity, etc., present, that a protein compound was chemically formed ready to undergo still more complete changes, at the present day such matter would be instantly devoured or absorbed, which would not have been the case before living creatures were found.”

 ダーウィンが考えていたかどうかは不明であるが,進化の系統樹を通して,生命と非生命の区別を示したと考えられる。つまり,系統樹の初めの部分からは生命を示し,系統樹の始まり以前は非生命を示しているとも推測できる。
 系統樹の下にある線の意味は不明であるが,その線と起点との間にある空間は,最初の生命に至る何らかの段階(おそらく化学進化)を示しているのかもしれない(Fig.1)。

Fig. 1. The estimated borderline (dotted line) between life and non-life. The thick solid lines were imitated patters of the tree of life in the Darwin’s original note [11].

2.4. 地球科学的観点

 地球を生命として捉える発想は,Earth Mother(母なる地球)という言葉に示されるように,最も古い宗教的なイメージとされる[15]。この考え方は世界が機械であるとするデカルト的イメージが広まった時期があったにせよ,中世を通して続いてきたとされる[15]。やがて,18世紀になると,ハットン(J. Hutton)は生命を地球科学的観点から捉え,また,地球を生命と結び付ける着想を出した[15]。この考え方は,やがて,フンボルト(A. von Humboldt)の,生命と気象,地殻との共進化(coevolution)という考えにつながり[15],さらに,ラブロック(J. E. Lovelock)らのガイア仮説(Gaia hypothesis)[16, 17]へと広がった。

3. 生命を定義する意義―起源・進化との関係

  生命を定義することは生命の起源の時期と状態を決定するために重要なことである(Fig. 2)。

fig2. Significance of definition of life.



  生命の起源(最初の発生)は物質進化の中の一事象と捉えることができる。物質進化は素粒子の進化に始まり,宇宙の進化,化学進化と続いて,その結果,生命が発生したと考える時間的な流れの中にある。生命発生以降は生物進化が続く。時間とともに高次元の進化の生成物が生み出される。生命はその進化の最終生成物と捉えることができる。したがって,いつから生命が始まったかを明らかにするためには,生命の定義を明確にしておかなければならない。すなわち,歴史的記述という点から生命の定義は重要になる。
   また,生命の起源の研究の出発点と終着点を決めるという点で生命の定義は重要である。生命の起源研究には主に二つの方向性がある。1つは過去から生命の起源に向かう方向,すなわち,化学進化,もう一つは現在から過去に遡る,生物進化を辿る方向性である。生命の定義がはっきりしていなければ,ともに,その終着点である生命の起源が不明瞭となるのである。どのような化学構造,仕組みを持つに至って生命の起源と言えるかは,生命の定義そのものに密接にかかわっている。
   一方,生命の起源研究と生命の定義との関係性を否定する研究者もいる。ショスタック(J. W. Szostak)は,「生命を定義する試みは,生命の起源を理解することには役立たない。」と,次のように論じている[18]。

Attempts to define life are irrelevant to scientific efforts to understand the origin of life. Why is this? Simply put, the study of the ‘origin of life’ is an effort to understand the transition from chemistry to biology.

  また,その理由を次のように示している[18]。
An inordinate amount of efforts has been spent over the decades in futile attempts to define ’life’- often and indeed usually biased by the research focus of the person doing the defining. As a result, people who study different aspects of physics, chemistry and biology will draw the line between life and non-life at different positions.

  つまり,「生命の起源を研究する者にとって重要なのは化学から生物学への転移点を探ることである。限りなく多くの生命の定義がされてきたが,化学,物理,生物など専門とする分野によって,生命と非生命の線の引き方が異なるからだ。」と言っている。
  生命の定義を無意味とするショスタックの見解は化学と生物学の境界で生命の起源を研究者にとっては,説得力があるかもしれない。
  しかし,彼はbiology to chemistryとは記述しておらず,一つの方向性しか示していない。また,chemistryからbiologyへのtransitionsの状態を示すことは生命の定義に含まれていると考える。さらに,教育という別の観点から見ると,生命の特徴の概略を示しておくことは重要である。

4. 生命の定義の例

  生命の起源に関連して生命の定義をすることは無意味であるという見解は以前からあり,それは主に次の2つの理由による。
   1つは「生命と非生命は連続的なものであり,そこに線を引くことは勝手なことである。」という理由からである[19, 20]。2つ目はクレランド(C. E. Cleland)とチャイバ(C. F. Chyba)が記述しているように「生命の定義を見つけようと試みることは失敗に至る無用な冒険である。」という考えからである[21]。同様に,ポーラ(R. Pora)は科学者が本や雑誌に発表した生命の定義をすべて数え上げると決め,約300の定義を数えた[22, 23]。このように,生命の定義については様々な見方があり,無意味なことであるという考え方がある。尚,生命の定義をすることは困難であり無駄であるという考えは他にもいくつか発表されている[24-26]。これらの考えは,先ほど示したショスタックの考え方[18]に通じるものがある。
   一方,敢えて生命の定義を行い,生命を科学的に研究する足掛かりにしようとする考え方もある。まず,最近までに出された生命の定義について論じたい。

4.1. 過去の文献に見られるいくつかの定義

4.1.1. エンゲルス(F. Engels)の定義
   社会科学者であったエンゲルス(F. Engels)は1894年に生命を次のように定義した[27- 29]。
‘Life is the existence form of proteic structures, and this existence form consists essentially in the constant self-removal of the chemical components of these structures’

これに関して,ルイシ(P. L. Luisi)[29] はエンゲルスが,「非生命(inanimate)と生命(animate)の世界の間には質的違いはなく,一方から他方へは自然で連続的な流れがある」というヘッケル(E. Häckel)の考え[30],および,「生命(life)が非生命(inanimate)から導かれる」というローレ(Rolle)の考え[31]を知っていたと記している。しかし,ルイシはこの3人はタンパク質が何であるかについてははっきりした考えを持っていなかったとも書いている[29]。
  いずれにしても,エンゲルスの定義は,生命を構成する物質の典型としてタンパク質をとり上げ,生命の物質的機械的側面に焦点を当てた定義である。

4.1.2. ペレット(M. Perret)の定義   ペレット(M. Perret)は次の様な定義を行っており,後にこれはバナールによって取り上げられた[32, 33]。

‘Life is a potentially self-perpetuating system of linked organic reactions, catalyzed stepwise and almost isothermally by complex and specific organic catalysts which are themselves produced by the system’

「生命は,潜在的に自己持続性を持つ系(システム)であり,その系は,複雑で特異的な有機触媒によって段階的にしかもほぼ定温で触媒される有機反応と結びついている。そして,その有機触媒はそれ自体その系によって生産されている。」 つまり,この定義は生命の中で触媒によって進行する化学反応(酵素反応)の存在と,その触媒が生命自体から生み出されるという一面の自己完結性を持つという定義である。

4.1.3. オパーリンの定義
 オパーリンも次のような6種類の性質を基礎とする定義を行っていた[31, 34]。
(1) capability of exchange of materials with the surrounding medium
(2) capability of growth
(3) capability of population growth (multiplication)
(4) capability of self-reproduction
(5) capability of movement
(6) of being exited
(capability of being exited が正しいか)

つまり,(1)周囲の媒体と物質交換できる,(2)成長できる,(3)増殖できる,(4)自己再生できる,(5)動くことができる,(6)活性化される。

彼は上記以外に次のような付加的な性質を加えていた[33]。
The existence of membrane (膜の存在)
The interdependency with the milieu (環境から独立している)
  オパーリンの定義は外界との仕切りと外界との主体的な物質のやり取り,成長と増殖に焦点を当てた定義であると言える。

4.1.4. ホロウィッツとミラーの定義[20]
  ホロウィッツとミラーは共著の論文では次のように述べている。
‘an organism, to be called living, must be capable of both replication and mutation; such an organism will evolve into higher forms’
「生きていると呼べる生命体は複製と変異の両方ができなければならない。そして,そのような生命体は高次元の形に進化するだろう。」

この中で以前の定義にはない「進化すること」が加わった。

4.1.5. NASAの定義
  1992年のNASAの資料等[29, 35, 36]に以下の定義が示されている。
‘Life is a self-sustained chemical system capable of undergoing Darwinian evolution’
「ダーウィン進化を受けることができる自律的な化学系」

これに対して,ルイシ[29]はDarwinian evolution (ダーウィン進化)は個体数が増加することに限定されるとして,このダーウィン進化を除き,chemical systemをさらに説明して次の定義を示している。
  ‘A system which self-sustainable by utilizing external energy/nutrients owing to its internal process of component production’

4.2. 生命と生命体

生命(Life)という言葉は物質としての生命(Living thingあるいはLiving matter)と仕組みとしての生命(Living systemあるいはLiving organism)の両方を含んでいる上に,物質としての生命または仕組みとしての生命がもつ,あるいはそれらに宿る特質としての「いのち」を含むことがある。
 一方,岡田節人氏が最初に提唱したと思われる「生命体」[37]という言葉は「いのち」の意味を排除したものであると考えられる。

岡田氏は著書で次のように述べている。

「生命体という語を使ったのは,それなりの理由があってのことである。その第一はこうである。生命はいのちと読める。「いのちの操作」という言葉には,概念的に,科学的な客観認識をこえたものがあるとしても当然である。それについての論議は,科学的認識と人文的考察の総合なしには,万人に説得性のあるものとはなりえない。私一個人の能力をはるかにこえたものである。第二は,私が準備と理解不足のままに,いのちについてのより総括的視野へと議論を浅薄に進めるならば,それでは,かえって私のつとめが有効に果たされないと信ずるからである。生命というかわりに,あえて「生命体」という語を選んで,論議を科学的客観的に限りつつ,およそ生物のデザインや操作が,どのような背景と,どのような要求とスピリットをもって誕生してきたかを,いささかの現状の展望とともに,私なりに述べてみたい。」[37]

  すなわち,人文的な「いのち」としての意味を排除して,あくまで科学研究の対象となる生命の物質的側面に焦点を当てるために敢えて「生命体」という言葉を使ったことがわかる。

  本論文でこれまで用いてきた「生命」という言葉は,基本的に科学的な研究対象となる「生命体」を意図していた。しかし,これ以降,生命の定義は生命体として科学の対象となる定義であることを強調する意味で,「生命(生命体)」として標記する。


4.3. 生化学のテキストに見られる定義

 生命(生命体)の定義は数多くあること,また,定義することは無意味であるとの議論があることはすでに述べた。しかし,大学で使用されている基本的な生物化学の教科書においては,多くの定義の共通点が示されており,一般的な理解を得るにはこの定義は優れていることがある。特に,ヴォートの生化学には次のようにある[38]。

  It is usually easy to decide whether or not something is alive. This is because living things share many common attributes, such as the capacity to extract energy from nutrients to drive their various functions, the power to actively respond to changes in their environment various, and the ability to grow, to differentiate, and-perhaps most telling of all-to reproduce.                       

  Of course, a given organism may not have all of these traits. For example, muscles, which are obviously alive, rarely reproduce. Conversely, inanimate matter may exhibit some lifelike properties. For instance, crystals may grow larger when immersed in a supersaturated solution of the crystalline material. Therefore, life, as are many other complex phenomena, is perhaps impossible to define in a precise fashion.   

  上記の内容はFig. 3 にまとめることができる。

Fig. 3. Feature of living thing.

  まず,Lifeとしているのは科学の研究対象になる生命(生命体)であると解釈できる。

“A giving organism”としてmuscle を例に示している。これはエネルギーを抽出できるという点でLiving thing の属性を一部備えているが,完全なLiving thingではない。
  一方,inanimate matterとして結晶の例を挙げているが,これは成長するという点でLiving thingの属性を一部もっている。ただし,これも完全なLiving thing ではない。 完全なLiving thingはextract energy, differentiation, grow, reproduceという4つの属性をすべて持っていなければならない。
extract energyはエネルギーを抽出することであり,自己を維持することができる自動機能に含まれる代謝に相当する。 Growは reproduceに, Differentiationは進化につながる。

  物質としての生命を基準とした生命の定義はVoetの生物化学の教科書と同様な生命(生命体)の特徴は中村運氏も示している[39](Table 1)。

Table 1. Features of living thing by H. Nakamura.

生命*の特徴 関連説明

①自己を維持することができる自動機能を持つ

細胞の存在,外界との仕切り,化学の機械(代謝)

②自己複製能力を持つ

細胞分裂,独自の系統の維持

③進化すること

突然変異と自然淘汰

*原著では「生命の特徴」と書かれているが,物質としての生命(生命体)を意味すると解釈できる

  例に挙げたテキストにおける生命の定義は生命(生命体)の特徴と表記されている。
特徴と表記することによって,一般に生命(生命体)と見られている存在がもつ性質の共通点を明らかにするものである。これは一般に認識される「生命(生命体)」から特徴を抽出したものである。つまり,明確な定義にはなっておらず,「生命(生命体)」の範囲を限定していない。
  一方,明確な生命(生命体)の定義を行うことは,ある属性を持っていれば必ず生命(生命体)となる。しかし,ある存在がその属性を持っていたとしても,一般認識として生命(生命体)として捉えられるとは限らない。

5.高等学校理科における生命(生命体)の定義

 高等学校学習指導要領[40]には生命(生命体)の明確な定義は示されていない。生物学関係の高等学校の科目は生物基礎と生物であるが,ともに, 非生命との間に線を引くような明確な生命(生命体)の定義は示されていない。しかし,生命(生命体)の共通点が「生物の特徴」として示されている。たとえば,ある教科書[41]には次のように示されている(Table 2)。日本の教科書では「生物」という用語が用いられることが多いが,これは物質としての生命(生命体)を意味する言葉であると考えられる。しかし,「生物」という言葉が長年広く用いられていること,正式文書には「生物」とあるので,引用した文書にはそのまま「生物」と記した。

Table 2. Features of living thing shown in a textbook of basic biology for high school.

生物の特徴

(1)体が細胞でできており,細胞の基本的な構造が同じであること。

(2)自分自身とほぼ同じ形質をもつ子をつくること。その際,生物は,遺伝物質としてDNAという共通の分子をもちいること。

(3)生命活動のためにエネルギーを利用すること。そしてエネルギーを利用する仕組みには共通点がみられること。

この特徴の(1)は細胞の存在と(3)は代謝の特徴を示しておりTable1に示す中村による特徴の①に相当する。(2)は中村による特徴の②に相当する。しかし,③に相当する進化に関する特徴は示されていない。
  生物の教科書[42]には進化についての記述があるが,上記の特徴とは別に論じられている。これは生物の特徴が,共通性と多様性を含む形で,学習指導要領に記述されているためと考えられる(Table 3)[43]。実際には多様性をもつことは生物=生命(生命体)に共通の特徴であるので,進化については共通性とともに特徴としてまとめて示すことにより,明確になるであろう。
  ところで,現在の学習指導要領においては,以前には見られなかった生命の起源についての記述が初めて示されている(Table 3)。

Table 3. Description of feature and origin of life in the Japanese Government Curriculum Guidelines

学習指導要領における

生物の特徴と生命の起源に関する記述

「生物の基礎」の内容とその範囲,程度

ア 生物の特徴

(ア)生物の共通性と多様性

生物は多様性がありながら共通性をもっていることを理解すること。

(イ)細胞とエネルギー

(内容の扱い)内容の(1)のアの(ア)については,生物が共通性を保ちながら進化し多様化してきたこと,その共通性は起源の共有に由来することを扱うこと。その際,原核生物と真核生物の観察を行うこと。(イ)については,呼吸と光合成の概要を扱うこと。その際,酵素の触媒作用やATPの役割,ミトコンドリアと葉緑体の起源にも触れること [43]。

・「生物」の内容とその範囲,程度

(5)生物の進化と系統

ア生物の進化と仕組み

(ア)生命の起源と生物の変遷:生命の起源と生物進化の道筋について理解すること。

(イ)進化の仕組み:生物進化がどのようにして起こるのかを理解すること。 

(内容の扱い)(ア)について,生物の変遷を地球環境の変化に関連付けて扱うこと。

生命の起源と,その後の生物進化の道筋を理解させることがねらいである。そのため,生命の誕生とその後の生物進化を環境条件の変化と関連付けて扱う[44]。

 上記の表にある生物の特徴は,生命(生命体)の定義を起源と進化の観点でとらえているものであると考えられる。理科教育においては,このように定義に相当する記述をして,生命(生命体)についてのイメージを明確にすることが求められるであろう。
  ところで,学習指導要領[40]は小中高等学校を通し一貫した「エネルギー」,「粒子」,「生命」,「地球」という概念(Core Ideas[45. 46])を柱とする内容の構造化を掲げている。それぞれは従来の物理学,化学,生物,地学に相当する(Fig. 4)。
  このような理科教育の内容構造化はアメリカでも行われ,K-12 Framework for Science Education[46]として2012年に出された出版物を修正したNext Generation Science Standards (: NGSS)[47]は2013年出版され,アメリカの理科教育の指針となる。
  しかし,本論文では日本のCore Ideasと従来科目との関係および生命(生命体)定義について考えたい。
 従来の理科科目であった物理,化学,生物,地学の内容は重複することなく,教科書でもほとんど完全に区分されている。これはFig.4における実践による区分で表されている。しかし,「エネルギー」,「粒子」,「生命」,「地球」というCore ideasの考え方は明らかに対応するそれぞれの従来科目の内容以上の広がりをもっている。そのため,Fig.4においては4つの円の重なりで示している。 
 「生命」というCore Idea は本論文で取り上げている生命(生命体)に相当すると考えられる。したがって,その定義はそれぞれの従来科目からも見ることができる広がりをもっている。それは,本論文の「2.生命の特徴を見る観点」で論じたように,各従来科目からの見方が可能である。 
  これは,科目としてはある程度は生命(生命体)の定義を絞って行かないと科目の系統性が失われてしまうが,Core Ideasの導入はむしろ生命(生命体)に対する見方を多様にするという矛盾を生じさせている。

Fig. 4. The correspondence between the core ideas and the conventional science subjects.

6.中学生の生命についての認識

 4つのCore Ideasは中学校の理科教育の構造化でも重要となっている。生命(生命体)についての中学生がどの程度理解しているかをアンケート調査した結果の一部について紹介する[48]。
2012年7月に 鳴門教育大学付属中学校の生徒480名に対し,アンケート調査をおこなった。回答者数は1年生156名,2年生157名,3年生152名の合計465名で,96.9%の回収率であった。
 「酵素は物質ではなく生命体である」との質問に対して,「はい」と回答した生徒は5~9%で,「いいえ」と回答した生徒は約20%程度,「わからない」と回答した生徒は1, 2年生では50%程度,3年生では30%程度であった。中学生であると生命(生命体)とそうでない物質との区別があいまいであることが分かった[48]。

7. おわりに

 古来の生命(生命体)の捉え方について言及し,生命(生命体)の特徴についての各分野からの研究方法の歴史についてまとめた。定義は無意味であるという議論があるが,敢えて生命の定義を行うことは,研究の足掛かりとしても,教育的見地からも必要である。生命の捉え方が分野ごとに異なることはかえって生命に対する深い洞察を進める。尚,「生命」は「生命体」と書き表すことが必要であることを述べた。

参考文献

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