Viva Origino Vol.42 No.4
RECONSIDERING THE DEFINITION OF LIFE

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Kunio Kawamura


Department of Human Environmental Studies, Hiroshima Shudo University
1-1-1, Ozuka-higashi, Asaminami-ku, Hiroshima 731-3195, Japan
Email: kawamura@shudo-u.ac.jp
(Received 26 Aug, 2014, Accepted 21 January, 2015)

Abstract
  According to my previous works, the definition of life is reconsidered. A point of my view regarding the definition of life is based on taking into account the relationship between a life-like system and the environments. The analysis of life-like systems regarding the metabolism, replication and mutation of information, assignment method between information and function, individuality, and subjectivity towards the environments clearly demonstrated the analogies among life-like systems at different hierarchical levels. Based on these analysis, civilization is regarded as a similar type of biosystem to cell-type organisms. The analysis of characteristics and emergence of civilization as comparing to cell-type organisms would imply both the emergence of life and the definition of life.

(Keywords) metabolism, replication, translation, element of life, essence of life



生命の定義を再考する
川村邦男
広島修道大学・人間環境学部
〒731-3195広島市安佐南区大塚東1-1-1

1.はじめに  

 生命の定義を議論することは生命の起源を考える上で非常に重要なことである.しかし私の知る限り,2014年の生命の起原および進化学会学術講演のシンポジウムは生命の定義について本格的な議論が行われた本学会で初めての場である.ここでは,生命の定義について深く考察することが,生命起源の研究を推進する強力なアプローチ法の1つであることをあらためて提案したい.本稿では,生命を環境との関係で定義するという考え方と,種々の階層にある生命システムのアナロジーを比較するという私が提案したアプローチ法について,これまでの研究成果をまとめる[1-3].これらを土台として,生命の起源を視野に入れつつ生命の定義について再考する.

2.生命の起源を考えることは生命の定義を考えることとほぼ同じである

生命の起源の研究において,生命の定義は曖昧にできない問題である.生命を定義しなければ生命によく似た原始的な化学システムや,宇宙に存在するかも知れない未知の生命的なシステムが生命かどうかを判定できない.生命を定義するということは,地球上に存在する生物を土台として,生命を無機的なものと区別する一般則を見いだすことであると言い換えることができる.我々が知っている生命の実例は,目下のところ地球型生物だけである.このような限られた事例からでも,生命とは何かという,いわば法則を見いだすことは可能であろう[4].実際,自然科学においては,少数の現象を観察するところから普遍的な法則が見いだされてきた.生命とは何かと言うことの普遍的な法則を見いだすことができれば,宇宙に存在するかも知れない生命体の特徴を推測することも可能である.このような議論を重ねることによって,生命の起源の問題に迫ることができる.
 進化の考え方によると,地球上の生物は単純なものから複雑なものへと,おおむね発展してきたと言える.従って,より古い時代へと遡れば,あるいは現在の生物の中でより古い時代の生物の特徴を持つものを調べれば,最小限の要素からなる生命体の姿が見えてくる.また,様々な生物の底流にある共通の性質を探すことも,生命とは何かを考える有効な方法である.現在の地球生命に共通する性質は,生命の起源であるところの最小限の生命と一致するかも知れない.この点において,生命の起源を考えることと,生命の定義を考えることは,ほぼ同じことを目標としていると言って良い.
 一方で,実験室で生命的なものを作成するという手法は,生命とは何かということと生命の起源を明らかにするための,もう1つの方法論である.ミラーの実験以来,生物を構成する分子が原始地球上でどのように化学進化したのかという化学進化研究が行われてきたが,システムとしての生命体を化学進化実験で研究することも継続的に試みられてきた.これらの研究が発展すれば,生命の定義を考える上で重要な知見を与えるだろう.

3.生命をどのように定義するか

2000年にイタリアで生命の定義に関する国際会議(Workshop on Life)が開催された.その会議の前年にThe International Society for the Study of the Origin of Life (ISSOL)(現在はISSOL – The International Astrobiology Society)の会員に向けて生命をどのように定義するかというアンケートが行われた.その内容は単行本としてまとめられている[1].ここに示された結果をみると,「①代謝」,「②複製(増幅)」,「③変異(あるいはダーウィン進化)」という要件を持つものとして,生命が定義されているものが多く見られた.ここで,ダーウィン進化の機構には変異と淘汰が含まれているが,生命というシステムの特性として見るならば,変異の方が要件としてふさわしいだろう.代謝,複製(増幅),変異という要件を考える方法は,生命に共通する他のより根源的な要素には分解できない基礎となる要件を考え,それらを満たすものを生命と定義するという考え方に立脚している.
 私が生命の定義について考えるきっかけとなったのは,この国際会議で自分の考えを発表したことにあった.このアンケートで私は生命を「主体性をもつシステム」と定義し,地球上にある生命的なシステムを3つに分類した.これらの内容はViva Origino(Vol. 33, (2005) 17-35)などに詳述したので[5],これまでの報告を起点として現在までに考えてきたことを中間発表としてまとめる.

4.生命を構成要素の視点で定義するか,できあがった生命の特性という視点で定義するか

このようにシステムを構成する要素的な性質の組合せとして定義を考える一方で,システム全体としての特徴を土台として定義することも有効である.例えば,学校を定義するときに学校の建物の素材の種類は有効だろうか.巨大な構造の建物をもつ組織も,江戸時代の寺子屋も,戦後間もない頃の青空教室も,それらの働きと言う観点で見ると学校である.学校を定義する場合には,どのような構成要素であるかということよりも,学校の教育機関としての機能という視点で定義する方が都合がよい.同様にして,生命を定義する際にも生命の全体としての性質や働きを土台として定義できないだろうか. NASAは1992年にダーウィン進化する自律的な化学システムと生命を定義した[1,6-9].これは.代謝・複製・変異などの要素的な性質を指定する代わりに,進化という全体的性質を土台としたものであり,生命の性質・機能から定義する方法の一例である.ここで,「ダーウィン進化する」の中身は科学研究が発展すると変化し得る曖昧なものであり,この点でもよく考えられた定義である.また,上述の3つの性質からはこの定義が導き出せそうにも見える.しかし,この定義自体は自律的なという点を除くと機械論的であり生命らしさを示す要件は含まれていない.また,自律的な意味も不明確である.ダーウィン進化する自律的システムは果たして生命としての要件を備えているのだろうか.
 一方,生命を環境との関係で考えるということを私は提案した.最初の論文では,生命を「主体性を持つシステム」と定義した.主体性をもつシステムという説明は簡潔ではあるが,主体性の意味や定義について説明が必要である.既報の論文では主体性を定義したが,環境に対して生物側から働きかける性質あるいは環境変化に対応する性質として現在は説明している.生物の環境に対する働きかけや,生物と主体性との関係は古くは今西錦司に見ることができる.今西錦司は,生物は「生物の外界にあるもの」=「環境」を自分の身体の一部に取り込み,不要なものを排出するということを日夜行っており,環境と生物の関係について深く考察している.生物には境界はあるが,外界の一部を取り込むので,環境の一部は生物の一部でもある.また一方で彼自身が手がけた様々な生態系の観察結果から,生物は進化に対しても主体性を持つはずであり,単に自然淘汰によって変型するのではないと今西錦司は考えていた[10,11](Fig. 1a).これは,ダーウィンの進化論が環境が生物を変型させることに焦点をあてていたことと対照的である(Fig. 1b).

Fig. 1. 生命と環境との関係.(a)生命には環境に対する生命側からの働きかけがあると考える場合.(b)生命は単に環境によって変型すると考える場合.

 確かに,突然変異は無機的なものであり生物側からの働きかけを感じさせない.しかし生物は個体で存在するのではなく常に種として存在し,遺伝的な多様性を種が保持することによって環境が多少変化しても種は生き残ることができる.また,環境変化に対応する柔軟性を持つために異なる環境に進出することもできる.最近では,進化の機構は突然変異のような簡単なものではなくもっと複雑な仕組みから成り立っており,環境変化に対して対応する複雑な仕組みを生物は持っていることが明らかになりつつある[12,13].従って,進化の機構には,生物が環境に対して生物側から働きかけるための手法が含まれていると考えることができる.言い換えると,進化にこそ生物の環境に対する主体的な働きかけが含まれていると推定されるのである.今西錦司は分子生物学が発展するよりも遙か以前に生物を観察して,生物は進化に対する主体性を持つという考え方に至った[11].しかし,これを土台とした進化の機構を十分に説明することはできなかった.そこで私はいくつかの事例を用いて,生物が環境に対して主体的に働きかけるという考え方を土台とする,進化の機構を説明した[1].私が提案した進化の機構はダーウィン進化を否定するものではなく,ただし生物が環境を認識するということが,進化の重要なステップであることを示した[1,2,5].すなわち,生命と環境との関係を考えることが,生命を考えることの起点である.
 ここで,上述した3要件について考える.あるシステムがこれらの3要件を持つならば,それを生命とみなすことは正しいだろうか.この問題には決着はまだ着かないが,もし最初に3種の性質をもつ原始的なシステムが地球上に出現して,その後で環境に対して生物側から働きかける性質が出現したならば,どのようにして3要件から環境に働きかける性質ができたかが問題である.また,3要件を持つことと環境に対して生物側から働きかけることが等価であるならば,生命とはこの3要件を持つシステムそのものである.現時点ではどちらが正しいのかは分からない.そこで研究を進める作業仮説として,環境に対して生物側から主体的に働きかけるという性質を,生命を定義する基礎的な性質として加えて考察した[3].

5.生物界の階層性と環境に対する働きかけ

 一方,上述の3要件だけを用いて生命を定義すると問題がある.例えば,性を持つ生物では,個体自身は自己複製できないので生命でなくなる.また,多細胞生物では各細胞は複製されるし変異もするが,それぞれの細胞を生命とは通常は考えないことが一般的であるが,これをどのように解釈すればよいのだろうか.また,多細胞生物では細胞が生物なのか個体が生物なのか,社会性昆虫においては,個々の個体が生物なのか女王を中心とする社会全体が生物なのか,どのように考えたらよいのだろうか.生物界は多様な階層構造から成り立っているため,このように様々な難点が生じる.このような多様性を包含する生命の定義が必要である.
 結論として,生命を考える際には環境に対する働きかけという考え方を導入すると,これらの疑問点は理解しやすくなる[3].第1に,生物のあり方は極めて多様であり,個体などの概念を柔軟に考える必要がある.すなわち,生命的な振る舞いをする生命システムを構成する要素とシステム全体がどのように環境に対して働きかけるかを考えると,これらの多細胞生物個体における細胞や社会性昆虫における個体の位置づけは明確になる[3].この関係を模式図(Fig. 2)で示す.原核生物,多細胞生物,社会性昆虫,および文明では,これらのシステムが環境と相互作用するのに対して,生体分子,細胞,社会性昆虫の個体,ヒトなどの構成要素は直接環境と相互作用しない傾向が強い.ここでまた,ある生命的なシステムにおいて,通常我々が生物個体と認識する階層と環境と直接相互作用する階層とは一致する.

Fig. 2. 原核生物,多細胞生物,社会性昆虫,文明の相似.環境と相互作用するのは,それぞれ原核生物の個体,多細胞生物の個体,社会性昆虫の社会,文明であり,これらを構成する要素である,生体分子,細胞,社会性昆虫の個体,ヒトは環境と直接相互作用しない傾向がある.

6.生命を特徴付ける性質をさらに付け加えて種々の生命システムを比較する

最初に示した3つの要件に,情報と機能の対応付け,システムとしての一体性,環境に対する生物側からの働きかけ(主体性)の3つの要件を加えて,6つの要件について生物界の様々なシステムを比較した.情報と機能の対応付けは,細胞型生物におけるDNAに保持された情報がタンパク質やRNAなどの表現型分子の構造・機能と対応づけられているという,遺伝子型分子と表現型分子の対応づけの概念を拡張したものである[1].例えば,RNAワールドではRNAは遺伝子型と表現型の両方の役割を担う[1,5].すなわち,遺伝子型と表現型が同一分子であることによって対応付けされており,最も原初的な対応付けの仕組みであろう.この考え方を細胞の階層を超えて文明までの広い範囲の生命システムに拡張した.また一体性とは,細胞型生物では環境の変化に対応する安定性や一つのシステムとして継続性があることなど,安定性と一体性を持つことである[2,3,14].これらをTable 1に示す.既存の報告では2〜4の要件を独立に扱ってきたが,本論文の後半で述べるように,これらは情報中枢系として1つのセットとしてまとめる(Table 1).

Table 1. 生命が成立するための要件

既報の説明による要件

本論文でまとめた要件

1

代謝

1

代謝

2

複製(増幅)

2

情報中枢系

(増幅,変異,機能への対応付けの仕組みをもつ)

3

変異

4

情報と機能の対応付け

5

一体性・安定性

3

一体性

6

環境に対して生物側から働きかける性質(主体性)

4

環境に対して生物側から働きかける性質(主体性)

 

 これらの研究においては,生命的システムとして,原核生物,真核生物,多細胞生物,社会性昆虫,種,生態系,文明を取り上げ上述の6要件について比較した[3].またこの前提として,それぞれのシステムの境界,構成要素,構成要素間の相互作用の種類を比較した.ここに示した要件についてこれらの生命システムの間には相似を見いだすことができる.例えば,多細胞生物においては,性は複製(増幅)と変異のための固有の仕組みである.一見すると真核生物の遺伝子型分子と表現型分子を対応づける仕組みは同じに見えるが,真核生物においては遺伝子型分子は細胞核内に染色体上に存在するので,そこから情報を取り出さなければならない.この点から,原核生物とは異なる固有の仕組みを真核生物は備えていると見なすことができる.さらに,真核生物はオルガネラで構成されいくつかは独自の遺伝子を持つので,真核生物を原核生物の共生体として見なすことが可能である[11].この点からも,真核生物は原核生物よりも高い階層の生命システムであり,その階層での固有の情報の複製,変異,対応付けの仕組みを持っていると見なすことができる.これらの比較分析から,生命システムは非常に多様であるが,相似的でもあることが明確になった.例えば,原核生物,真核生物(単細胞),多細胞生物はよく似ている一方で,生態系,種,社会性昆虫,文明系は,それぞれに似ている点と異なる点を含むことが明確になった[3].
 また,上述したとおり,生命システムを構成する要素は環境と直接相互作用しない傾向がある.しかし,社会性昆虫では,社会そのものが一つの個体のように振る舞うものの個体も環境と直接相互作用するように見える.生物の世界はこの観点においても極めて多様である.環境に対して生命システムとその構成要素のどちらがどのぐらい環境と相互作用するかという程度は,これらの生命システムの性質を特徴付ける指標である.

7.細胞型生物と他の生命システムの相似

 既報の研究では文明系を主要な題材として評価した.これは文明システムがどのように出現するかという過程を見ることで,「生命の起源」=「生命が出現する過程」を明らかにするヒントになるのではないかと着想したためである.
 生命システム,すなわち,細胞型生物,真核細胞,多細胞生物,文明などの生命システムには,情報を複製(増幅)する仕組み,情報を変異する仕組み,および情報と機能の対応付けの固有の仕組みが存在する.代謝系と一体性などにおいても類似点が見られるが,生命システムとしての文明システムの分析は既報[3]で詳述したのでここでは特に情報に関わる類似点の概要を述べるにとどめる.細胞型生物と文明との相似をFig. 3に示す.

Fig. 3. 遺伝子型と表現型の対応付けから情報と機能の対応付けへの拡張.細胞型生物では,表現型分子の機能や構造は遺伝子型分子の情報と対応づけられている.一方で,文明においては,様々な文明の働きは,それらのもととなる情報に対応づけられている.

RNAワールド仮説では,情報の複製と対応付けの仕組みをRNA分子が担うので,最も単純な情報伝達系が自動的に構成される.また突然変異は確率的な変異であり,最も原初的な変異の機構である[1,5].より高度の階層にある生命システムにおいては,情報を複製(増幅)する仕組み,情報を変異する仕組み,および情報と機能の対応付けの固有の仕組みが存在する(Table 2).例えば,真核生物では基本的には原核生物と同じ仕組みによって遺伝子型と表現型が対応づけられていると考えるが,核の中に遺伝子型分子があるので,その情報を取り出して機能と対応づけるという固有の仕組みが必要である.この点では,対応付けの仕組みとしては原核生物と真核生物は大きく異なると考えるべきである.また,多細胞生物では体細胞と生殖細胞に分化しているが,性という仕組みによって増幅と変異を行う固有の仕組みが必要である.この点で,多細胞生物は単細胞生物とは大きく異なると考えるべきである.すなわち,細胞型生物の出現,真核細胞の出現,多細胞生物の確立,文明の出現などの上位の階層の生命システムが出現するためには,情報複製,変異,対応付けについて固有の仕組みが出現することが極めて重要であることを示唆している.生命の起源の研究において,情報複製・変異と表現型分子と遺伝子型分子の対応付けが重要であることについては既に共通認識がある.また,セントラルドグマに言われるとおり,情報の流れは生命を特徴付ける象徴である.付け加えて,これらの生命システムの相似からも,情報の複製(増幅),変異,機能と対応づける仕組み,という情報中枢が存在することに大きな共通点があることが理解できる.

Table 2. 種々の階層における生命システム固有の複製,変異,対応付けの仕組みの例

要件

原核生物

真核生物

多細胞生物

文明

複製(増幅)

  • DNA複製
  • 核にあるDNAの複製
  • 性などによる複製・増幅の仕組み
  • 言語・文字・教育・マスコミなどの様々な仕組み

変異

  • 突然変異など
  • 突然変異・核の交換など
  • 性・水平伝搬・ウイルスなどによる仕組み
  • 発明・発見による新しい情報の生産
  • 情報のミスなど

機能への対応付け

  • RNA合成とタンパク質合成の仕組み
  • これらを介した他の生体分子の間接的対応付け
  • 各オルガネラを統合する仕組み
  • RNA合成とタンパク質合成の仕組み
  • これらを介した他の生体分子の間接的対応付け
  • 細胞を統合する仕組み
  • 体細胞と生殖細胞を分化する仕組み
  • RNA合成とタンパク質合成の仕組み
  • これらを介した他の生体分子の間接的対応付け
  • 言語・文字・教育などの様々な対応付けの仕組み
  • 発明・発見による新しい情報と機能の対応付けの導入

 

 文明はヒトという生物とその他の様々な要素を含む生命システムである.文明においては,初期の文明は様々な要件について生態系と類似するが,高度化した文明では細胞型生物に類似する.特に重要な類似点は,情報を保存する仕組み,情報を複製する仕組み,情報を取り出し機能を発現させる仕組みにおいて,細胞型生物と文明系はそれぞれ固有で精巧な仕掛けを持っている点である.ヒト自身は他の生物と同じく生物としての遺伝子型分子と表現型分子をもちそれらによって構成されている.一方,文明においては言語,文字,その他の様々な情報を保持する仕組みがあり,それらは文明の様々な機能と対応づけられている.これらの仕組みは,細胞内の情報と機能との対応付けの仕組みとは異なり,文明というシステムの階層に特有の仕組みである.
 一方で,代謝の仕組み,すなわちエネルギーと物質を取り入れ不要なものを排出する仕組みも不可欠である.さらに,一体性と生物側から環境を取り込みあるいは環境に対して生物側から働きかける性質(主体性)も要件である.例えば,文明においては灌漑農業などの文明固有の代謝に相当する仕組みが存在する.現代文明では化石燃料を土台として文明は運転されており,この量はヒトという生物が必要なエネルギーや物質の量をはるかに超えており,これらは文明そのものを維持するために必要である.この点でも他の階層の生命システムとよく似ている.
 以上の考察から,文明や他の細胞型生物の間に認められるアナロジーは,他人のそら似ではなく,生命システムがある階層で出現すための一般的な要件として見なすことができる.

8.文明出現機構から生命出現機構を推測する

 私が提案した生命システムを比較分析するという手法は,文明やその他の生命システムの出現過程を考察することで,最も単純な生命の出現過程のヒントを得られるかも知れないと着想したために構築したものである.実際に文明や種々の階層の細胞型生物の間には強いアナロジーが認められた.そこで,文明の発祥という過程,およびその他の生命システムが出現する過程のアナロジーとして生命の起源を類推する.文明が出現する過程の一般則として,ユーラシアにおいて古代文明が成立するに至った共通点を考える.第1は農業が成立したことである.第2に文字の成立や言語の統一などによって情報の複製,対応付けの仕組みが構築されたことである.一方,農業文明から産業革命に移行する過程おいても同様である.第1点として文明社会では近代農業や重化学工業が形成され,第2点として近代的な教育機関が建造された.その他にも共通点はあるだろうが,これら2点は種々の階層にある細胞型生物の代謝の仕組みと遺伝情報の保存と伝達の仕組みに相当するので重要である.農業や工業はエネルギーと物質の生産(1の要件)であり細胞型生物の代謝に相当し,教育機関は情報複製,情報と機能の対応付けを担う仕組み(2〜4の要件)に相当する.また,農業は一定の場所で行われるため文明の一体性を保持することに寄与する.また,安定性を保持する文明以前の社会にはない様々な仕組みを持つ(5の要件).
 ここで文明と環境との関係をみると,高度な文明では文明の構成要素であるヒトは直接環境と相互作用する傾向が乏しくなる.これは他の階層にある生命システムにおいても同様であり,生命システムを構成する要素は,生命的な性質を失う一方で,システム全体は生命的な性質を獲得するという,逆の傾向がある.すなわちヒトが生命的な性質を減らして無機化することと文明の高度化には相関関係がある.言い換えると,要素はあくまで部品であることが必要であり,生きている生物であるヒトは文明が発展するほど部品化していくのかも知れない.この考え方を,地球上の生命システムの原点である細胞型生物の起源にまで外挿すると,生命を構築するために必要な化学分子には生命的な性質はなくても部品としての性質があれば,生命システムを構築し得るものと理解できる.
 最後に,ここまでに分析した要件の集約を試みる.情報の複製,情報の変異,および情報と機能との対応付けの仕組みは,現状の原核生物,真核生物,多細胞生物,文明系のいずれにおいても,一連の仕組みが各システムに存在するので, これらを1つの要件としてまとめる.すなわち既報の研究では6つの要件を提案したが,2〜4は情報中枢の存在として合計4つの要件とする.あらためてこれらの要件を整理すると,第1は代謝系を持つことである.第2は機能情報を遺伝情報として保存し複製かつ変異可能である仕組み(情報中枢系)を持つこと.第3はシステムとして一体性があり安定性をもつこと,である.これらの新しくまとめた3要件は,生命的なシステムが成立する必要条件であると考えている.さらにこれらの性質を持つシステムが,環境変化に自律的に対応し環境を取り込む特徴が出現したときに生命であると考える(Fig. 4).実際には,それぞれにエポックとなる少数の仕組みが必要であっただろう.しかも地球型生物を見ると,これらは相互に連結し1つの化学システムとして作動しなければならない.文明や他の細胞型生物においても,要件1〜3は連結していなければならない.

 

Fig. 4. 文明の出現過程から初期生命体の出現過程を想像する.物質とエネルギーの取り込み,情報中枢系,システムとしての一体性が確立されると,システムができあがる.環境に対して生物側から働きかける性質がこれらの3つの性質から出現するのかどうかは今後の研究に委ねる.

 これらのあらためて指定した3要件について,文明の場合には1〜3の要件が成立したことで文明という大枠ができあがり,高度化するに従って要件4の性質が高まっていくように見える.このアナロジーからは,最初の生命が成立する過程においても,これらの3要件がまず成立することが必要であり,それが高度化することによって生命らしさが出現したことが想像される.このことからは,代謝系の基盤の上に情報中枢系が確立され,最初の生命体になったと推論することができる.
 ここで,生命の起源を考える際には一体性についてはあまり重視されていないようである.この点については,具体的なRNAワールド像を考えるときには非常に重要であることを既報で述べた[15-17].例えば,Eigenの説明したようなRNA分子が個体に相当し,その集団を種と考えるような具体的な化学システムが広大な海洋中で成立し得るだろうか.RNAの集団が原始海洋中に存在したとするならば,広大な海洋中で特定のRNAが相互作用し複製・代謝しなければならない.この事の困難さを考えると,これらのRNAはどこかの限定された空間の範囲で化学進化したことを考えるべきである[15-17].また,代謝について生命の起源を考える際には,代謝の仕組みも原初的あったと考えるべきである.例えば,化学進化によって自発的に生成した有機物をエサとして成り立つレベルの原始的な代謝系が想像される.

9.まとめ

 本論文では,生命を環境との関係を土台として生命を定義する考え方を示した.また,種々の生命システムを比較することによって生命とは何かを考察した.この議論から,代謝系,情報中枢系,一体性の3要件をつかさどる仕組みの成立が,あるシステムが生命であることの要件であると結論づけられる.また,種々の階層の間に認められるアナロジーは,生命システムが出現する過程には法則が存在することを強く示唆している.生命の起源においては,これらの3要件を満たす化学システムが情報を蓄積し高度化することによって,生命であるための第4の要件,すなわち環境に対して生物側から働きかける性質という生命らしさが増していったものと,現時点では推定している[5].

謝辞

 本シンポジウムでご講演いただいた,伏見譲先生((独)科学技術振興機構,埼玉大学),山岸明彦先生(東京薬科大学),服部宏先生(アルファ研究室),胸組虎胤先生(鳴門教育大学) ,ならびに本シンポジウムの企画をご担当いただいた根本直人先生(埼玉大学),木賀大介先生(東京工業大学)に深く感謝いたします.

引用文献

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