Viva Origino Vol.42 No.4
RNAワールド仮説と生命の熱水起源説を融合する

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川村邦男
広島修道大学・人間環境学部
〒731-3195広島市安佐南区大塚東1-1-1
kawamura@shudo-u.ac.jp
(Received 23 July, 2014, Accepted 6 February, 2015)

1.研究テーマを選ぶときには何物にもとらわれてはならない

 私のバックグラウンドは工業化学である.大学・大学院時代は工業分析化学の研究室で水溶性ポルフィリンの溶液反応速度論とその極微量金属分析法への展開を研究した.その一方で,大学3年生の頃から非平衡熱力学に関心を抱き,その先に生命の起源の問題があった.生命という非常に組織だった世界が,無秩序な物質の世界からどのようにして出現したのかということに強く興味を抱くようになった.大学4年生の夏休みに大学院進学をめざして工業化学と化学工学の勉強をしながら,原田馨先生らが編集された「化学総説No. 30・物質の進化」[1]を読んだ.学生時代には,生命の起源を研究する機会はおとずれなかったが,与えられた化学に十二分にのめり込んだ.
   博士課程修了後は無機合成及び資源化学講座の助手になり,石炭の有効利用と無機合成の研究に携わった.最初に助手になった頃には,早く自分の考えで大きな研究テーマに挑戦したいと考えていた.研究者は自分自身で研究テーマを選ばねばならない.では,どのようにしてテーマを選んだら良いのだろうか.「工学の研究を通して,工学は自然と人間の両方に問いかけるところから始まるということを学んだ.同様にして自然科学は,自然を全て含むもの,すなわち宇宙に問いかけるところから始まる.このような観点に立てば,研究テーマを選択するときには自分のバックグラウンドにさえとらわれてはならない.大きな視野で自分が何のために研究を始めたのかというところまで突き詰めて考え,そして研究テーマを決めるという機会が,若いときには必要だ.全力を尽くしても解決できるかどうか分からない限界に近いところに研究目標を設定し,その目標に到達するため様々なアプローチを日夜考え,そのアイデアを何度も試しては失敗し,その困難を少しずつ乗り越えるという経験を積むべきである.この経験がないと,良い研究テーマを設定できるようにならないし,独創的な成果も得られない.指導者がこのような経験を持たなければ,若い人が自由に研究テーマを設定するような研究環境は生まれないだろう.研究がこのような問いかけから始まるならば,工学部で生命の起源を研究することに躊躇するべき事があるだろうか.」このようなことを考えつつ,自分の研究テーマを生命の起源に絞っていった.
  結局,その当時の自分の実力では日本に居ながら生命の起源の研究を行うのは困難であることを知った.また,日本の現状に不満を述べるだけでは何も変わらない.そして生命の起源の研究に限らず,研究は中途半端な状況でできるような代物ではない.同時に,自分自身の研究能力を高めなければならない.私は4年間務めた大学を辞め,レンセラー工科大学のJ. P. Ferris教授のもとでポスドクとして一から化学進化の勉強をすることにした.Ferris先生は,何の面識もない私をポスドクとして雇ってくれた.このおかげで,この分野で本格的に研究を進めていくための確かな土台を作ることができた[2].Ferris先生からは,サイエンスは何物にもとらわれてはいけない,自立と言うことが最も大事であると教わった.
   3年間のポスドクを終えて日本に戻り,RNAワールド仮説を生命の熱水起源説という観点から検証する,言い換えると,RNAワールド仮説と熱水起源説の矛盾を解明する,あるいはRNAワールド仮説と熱水起源説を融合するという世界的に手が付けられていない研究を始めた.しかし,この研究課題は工学部応用化学科にはとうていなじまなかったが,このような状況に失望していても研究は進まない.様々な問題に抵抗ながら研究を続けた.

2.自分の研究のために方法論を創る

 研究はやった者勝ちだから,ときには周りの研究環境にどんな影響を与えるかあまり考えずに邁進することが大切である.そこで私は,RNAワールド仮説を生命の熱水起源から検証するために,いくつかのアプローチを行った.第1は,熱水中での化学反応を解析する手法を新たに開発し,RNAやタンパク質などの生体分子の化学反応挙動や構造情報を調べるというアプローチである.第2は,それらの反応挙動を化学反応速度論的に解析し反応機構を解明するアプローチである.第3は,これらの化学反応挙動を調べるために,生成物の分析法を開発するという分析化学的アプローチである.第4に,これらと並行してRNAの化学進化反応がどの程度の高温で進行するかを速度論的・分析化学的に解析した.私は,大学院までは分析化学,溶液化学,反応速度論,そして錯体化学の手法を学び,最初の助手時代には熱水の溶液化学と関連技術を学んだ.これらの経験は生命起源の研究のバックグラウンドとして生きた.一方,研究とは未知への探求であるから,いま人間が知っている方法論を組み合わせるだけでは進めない.これを解決するためには,自分の研究のための方法論を構築することが必要である.RNAワールド仮説を熱水起源説から検証するためには,まさにこのような新しい方法論が必要であった.
  RNAワールド仮説を熱水起源という視点で考えるならば,RNAという分子は熱に弱いのではないかという疑問を抱くであろう.RNAワールド仮説と熱水起源説は矛盾するかも知れない.しかし私が研究を始めたころには,このようなことがぼんやりと考えられていたに過ぎなかった.サイエンスを構築するためには,まず正確な計測が前提にある.そこで,RNAやその構成要素である,塩基・ヌクレオシド・ヌクレオチドの熱水中での安定性を測定するところから開始した.ターゲットとする物質を含む溶液を調製しガラス封管に入れて高温で加熱し,所定時間後に取り出して分析するという古典的手法で熱安定性を調べた.しかし温度が150℃程になると,反応は全て完了しており,何が起こったかその途中経過を知ることはできなかった.そこで,ガラス封管のようなバッチ法ではなくフロー型の装置を作成して,あらかじめ高温に加熱した流路に試料溶液を通過させることで,短時間かつ正確に高温反応を行うことを考えた.研究室に転がっていた誰も使わなくなった高圧ポンプを再利用するとともに,反応器の部品を設計製図して大学の工作室で部品を作ってもらい,試行錯誤してフローシステムを構築していった.その結果,封管で熱安定性を測ろうと考えてから約3年半後に,2ミリ秒から200秒という世界最短の時間範囲で400℃までの高温反応を追跡する世界最高性能のフローシステムを確立した[3,4].さらに改良を進め,熱水中で何が起こっているのかを紫外・可視・近赤外領域でその場吸収スペクトル観測する方法へと発展させた[5,6].また最近になって,実際の熱水噴出孔のように鉱物と熱水の2相系からなる反応をミリ秒単位で行いその場観測する方法へと展開した[7].



Fig. 1. RNAワールド仮説を検証するアプローチ

 これまでに世にない方法を用いているので私たちのグループが出してきた実験データは,全てユニークかつ新しい情報である.例えば,RNAやタンパク質あるいはそれらの構成要素であるヌクレオチドやアミノ酸の高温下での分解速度定数が得られた.また,高温下でアラニン4量体が分解する過程で自発的に5量体へと伸長する現象[8]や,GluとAspの混合物から20鎖長のペプチドが生成する反応を発見した[9].RNAの生成反応が高温下で可能かどうかについては研究進行中である.また,基礎と応用の両面から色々な研究者から共同研究の声をかけていただいてきた[10].生命の起源の研究に入ってから20年が過ぎて研究指導する立場の年齢になったが,若い人が自由に研究するヒントとして,これまでの山あり谷ありの経験を役立てたい.

引用文献

1.       物質の進化,化学総説No. 30,日本化学会編,学会出版センター,1980.

2.       Kawamura, K. and Ferris, J. P. Kinetics and mechanistic analysis of dinucleotide and oligonucleotide formation from the 5'-phosphorimidazolide of adenosine on Na+-montmorillonite, J. Am. Chem. Soc., 116 (17), 7564-7572, 1994.

3.       Kawamura, K. Monitoring hydrothermal reactions on the millisecond time scale using a micro-tube flow reactor and kinetics of ATP hydrolysis for the RNA world hypothesis,Bull. Chem. Soc. Jpn., 73 (8), 1805-1811, 2000.

4.       高温高圧溶液反応の高速追跡方法及びそれに用いる装置,出願人:科学技術振興事業団,発明者:川村邦男,特願平11-973,「H, 11, 1, 6」特開2000-199764,日本国特許庁,特許:3378936.

5.       Kawamura, K. In situ UV-VIS detection of hydrothermal reactions using fused-silica capillary tubing within 0.08 - 3.2 s at high temperatures, Anal. Sci., 18 (5), 715-716, 2002.

6.      Kawamura, K., Nagayoshi, H. and Yao, T. In situ analysis of proteins at high temperatures mediated by capillary-flow hydrothermal UV-Vis spectrophotometer with a water-soluble chromogenic reagent, Anal. Chim. Acta, 667, 88–95 (2010).

7.       Kawamura, K., Takeya, H., Kushibe, T. and Koizumi, Y. Mineral-enhanced hydrothermal oligopeptide formation at the second time scale, Astrobiology, 11 (5), 461-469, 2011.

8.       Kawamura, K., Nishi, T. and Sakiyama, T. Consecutive elongation of alanine oligopeptides at the second time range under hydrothermal condition using a micro flow reactor system, J. Am. Chem. Soc., 127 (2), 522-523, 2005.

9.       Kawamura, K. and Shimahashi, M. One-step formation of oligopeptide-like molecules from Glu and Asp in hydrothermal environments, Naturwissenschaften, 95 (5), 449-454, 2008.

10.     El-Murr, N., Maurel, M.-C., Rihova, M., Vergne, J., Hervé, G., Kato, M. and Kawamura, K. Behavior of a hammerhead ribozyme in aqueous solution at medium to high temperatures, Naturwissenschaften, 99, 731–738, 2012.




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