Viva Origino Vol.41 No.1
大西先生の思い出

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三田 肇
福岡工業大学工学部生命環境科学科
(生命の起原および進化学会 事務局長・元会長)


   今年の2月に、大西耕二先生がお亡くなりになりました。先生とは、毎年開かれる本学会の学術講演会など学会の場だけでお目にかかるだけではありましたが、10年以上、親しくさせていただきました。今年の春もまた、お目にかかれるものと思っていたのですが、突然の訃報に接し驚きました。まず、先生のご冥福をお祈り致します。
   大西先生というと、「トルルントロロン」という感じの擬態語とかミツバチのダンスとかを思い出します。自分の研究分野は、先生の研究内容とは離れておりましたので、その価値は十分にわかりませんが、かなり変わった研究をしていると思いながら聞いていました。さらに、何年か毎に変わったテーマが新しく増えていっていましたので、とてもバイタリティーがあるなとも感じていました。
バイタリティーというと、研究以外にも、学会に来たときの行動にも驚くべきものがありました。無計画というか、行き当たりばったりというか、とても不思議な先生でした。だいたい、いつも、宿を決めずに学会に来てました。皆で飲んだ後、これからどうするんですかと尋ねると、なんとかなると言って、本当になんとかなっていました。例えば、前からちゃんとホテルを探していた先生が「会場の近くのホテルが満室だったと言って離れた場所のホテルしか取れなかった。」とぼやいていたのに、大西先生が「ここ良さそうだな」と言って、そのホテルに直接立ち寄って、キャンセルでもあったようで、部屋を確保してしまいます。また、筑波のようにホテルが非常に少ない街に予約なしに来た時には、急用で先に帰らなくてはいけなくなった先生が確保していた部屋を使ってしまったという具合でした。
   最後に、新潟で国際学会を開いたときの思い出を述べさせていただきます。学会が始まってから、慌てていろいろテコ入れしなければいけない事態に陥りました。そこで、地元の新潟大学教授ということで、一緒にNHKに学会の宣伝に出かけたりしました。この時は、いつも見せていた飄々とした姿とは異なり、びっしとしていました。その他にも、地元の力でいろいろご尽力いただき、なんとか赤字にならずに学会を閉じることができました。この時は普段の学会活動とは別の姿を見せてもらいました。どちらの姿が、日頃の姿だったのでしょうか。とは言え、そのうち、学会に突然、飄々とした姿をみせてくれそうな気がします。これからも、我々、後輩の活動を見守ってください。(平成25年9月記)


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