Viva Origino Vol.40 No.4
GADV Hypothesis on the Origin of Life

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Kenji Ikehara
Nara Study Center, The Open University of Japan International Institute for Advanced Studies of Japan


Abstract

   It is the most important point to understand molecular mechanism how the fundamental life system, which is composed of gene, the genetic code and protein, was created, in order to solve the riddle on the origin of life. Thus far, several hypotheses, such as the space-origin hypothesis, the hydrothermal vent-origin hypothesis, junk world hypothesis and RNA world hypothesis, have been proposed to solve the riddle. But, all of them do not explain the mechanisms for creating gene, the genetic code, and protein. I suppose that the mechanisms cannot be explained by those hypotheses. On the other hand, [GADV]-protein world (the abbreviated form; GADV hypothesis), which I have proposed, may explain the molecular mechanisms without self-contradiction. In this review, I will explain strong points of the GADV hypothesis and processes for creation of gene, the genetic code and protein, and also describe necessary experiments to get evidence for establishment of the hypothesis.


生命の起原に関するGADV仮説

池原 健二
(放送大学奈良学習センター:国際高等研究所)

要旨

   生命の起原を解明するために必要なことは、生命が生きる上で最も重要な遺伝子や遺伝情報を翻訳する際に使用される遺伝暗号、そして、タンパク質の三つの要素がどのようにして形成されたのかを説明することであろう。これまでも、宇宙起原説や熱水噴出孔起原説、がらくたワールド仮説、そして、RNA ワールド仮説などが生命の起原を説明する考えとして提出されてきた。しかし、そのいずれもが、遺伝子や遺伝暗号、そして、タンパク質がどのようにして形成されてきたのかを説明していない。いや、説明できない考えとなっている。それに対して、私が提唱している[GADV]-タンパク質ワールド仮説(略して、GADV 仮説)は、遺伝子、遺伝暗号、そして、タンパク質の形成過程を示しながら、自己矛盾なく生命の起原を説明できる可能性の大きな考えとなっている。本総説では、GADV 仮説の要点と長所、遺伝子や遺伝暗号、そして、タンパク質の形成過程、および、GADV 仮説をより確かなものとするにはどのような実験的証拠が必要なのかなどについて解説する。

1.はじめに

1.1 生命の起原を解明するために必要なこと
   地球上の生命は、DNA の二重ラセン構造の発見をきっかけに、Crickが1958 年にセントラルドグマとして提唱した遺伝子 DNA の複製と遺伝情報のmRNA への転写、そして、タンパク質への翻訳を基礎として生きている [1](図1)。このセントラルドグマが発表されてから後に、RNA の複製や逆転写が発見された。そのため、「セントラルドグマは間違っていた」との意見が出たり、あるいは、実際にセントラルドグマに修正が加えられることもあった。しかし、RNAの複製や逆転写は特殊なウイルスに見られる特殊な遺伝情報の流れである。したがって、遺伝情報の流れの大局を見失わないためにも、今の地球に生きる生物の遺伝情報の流れはセントラルドグマで予測された範囲内にあると考える方が妥当であろう。そのような観点に立てば、生命の起原を解明するために最も重要なことは、このセントラルドグマが示している遺伝子や翻訳の際に使用される遺伝暗号、そして、タンパク質の三つの要素がどのようにして形成されたのかを考えることであろう。


図1.生命が生きる上で最も基本的かつ重要な三要素(遺伝子と遺伝暗号、そしてタンパク質)。ここでは、Crick によって提唱されたセントラルドグマの中から、DNA の複製を省略している。


   一方、これまで生命の起原を解明しようとの思いで提案されている考えも多い。例えば、生命そのものや生命の起原につながる生体物質を宇宙に求める「宇宙起原仮説」[2]、いやそれらは深海の火山性地熱構造から熱水を噴き上げている熱水噴出孔で生まれたと考える「熱水噴出孔起原仮説」[3]、さらには宇宙や原始地球で作られた複雑有機物を基に生命が誕生したと考える「がらくたワールド仮説」[4] などがある。しかし、これらのいずれもが、生命の基本システムを構成する遺伝子や遺伝暗号、タンパク質がどのようにして形成されたのかという生命の起原の中心的課題そのものに迫る考えとはなっていない。

1.2 RNA ワールド仮説
   生命の基本システムを構成する二つの要素(遺伝子とタンパク質)間の関係を見ると、いわゆる「ニワトリと卵」の関係が存在する。なぜなら、遺伝子の機能を発現させるためにはタンパク質が必要で、かつ、タンパク質の合成には遺伝子の働きが必要だからである。これが生命の起原を考える上で大きな障害となっていた。その時、遺伝子 DNA と同様、ヌクレオチドからできている RNA にタンパク質と同様の触媒活性を持つRNA (リボザイム)が発見された [5,6]。これを契機として、この遺伝子とタンパク質の間に見られる「ニワトリと卵」の関係の成立過程を解明できるかもしれないとの思いから提唱されたのが RNA ワールド仮説である [7, 8]。このRNAワールド仮説は確かに非常に面白い考えであった。そのため、多くの人に受け入れられた。それだけではなく、現時点でもRNA ワールド仮説が生命の起原を説明する中心的な考えとなっている。
   しかし、RNA ワールド仮説には、RNA の構成単位であるヌクレオチドが原始地球の前生物的環境下(タンパク質触媒の無い条件下)で本当に合成できたのか、同じように前生物的環境下で本当にヌクレオチドを重合しRNA を合成できたのか、そして RNA は本当に自己複製ができるのかなど致命的とも思える問題点も多い [9-13]。しかし、ヌクレオチドや RNA の合成が困難であることが、そのままRNAワールド仮説の否定につながるわけではない。そのようなこともあって、多くの人達にとっては今なおRNA ワールド仮説が生命の起原を説明するための最も有力な考えとなっている。

1.3 私の提唱する GADV 仮説
    それに対して、私は、偶然でもあったが「今でも全く新規な遺伝子が生まれているとしたらどのようにして生み出されているのか」という遺伝子の起原に関する問題から研究を始め、順に、遺伝暗号の起原、タンパク質の起原へ進んでいく過程でRNA ワールド仮説とは全く異なる [GADV]-タンパク質ワールド仮説(略して、GADV 仮説と呼んでいる。なお、GADVは、Gly [G], Ala [A], Asp [D] および Val [V] の4種のアミノ酸を示す一文字記号である)に思い当った(図2)。この GADV 仮説に思い当った後で、RNA ワールド仮説を改めて考え直すと、RNA ワールド仮説には上で書いたヌクレオチドやRNA合成の困難さ、RNAの自己複製が原理的に不可能と思えることに加えて、生命の起原を解決するために必要で、かつ最も重要である遺伝子やタンパク質に遺伝暗号を加えた三つの要素の形成過程を説明できないという問題点のあることに気がついた。なぜなら、RNA ワールド仮説はヌクレオチド一つ一つの重合によって行われるRNAの自己複製(自己複製そのものが不可能ではと私は考えているが)を基盤としている。このようなRNAワールド仮説の立場からでは、ヌクレオチドの三つ組(または、三連塩基:トリプレット)を基礎とする遺伝子や遺伝暗号、そして遺伝子と遺伝暗号の存在下で初めて可能となるタンパク質合成がどのように行われたのかを説明することが極めて困難であることに思い当たったのである。
    第37回「生命の起原および進化学会」での特別講演をきっかけに、GADV仮説に関する総説を執筆できる機会を得た。しかし、既にこのGADV仮説についてはこれまでにも色々なところで総説や本を書かせてもらっている [9-13]。そのため、本総説ではGADV仮説そのものの内容については要点のみにとどめることとし、GADV仮説に基づいても遺伝子とタンパク質の間に見られる「ニワトリと卵」の関係の成立過程を説明できること、また、GADV仮説に基づけば、生命の基本システムを構成する三つの要素、遺伝子や遺伝暗号、そして、タンパク質がどのように形成されてきたのかを合理的に説明できることなど、GADV仮説の長所等に関する私の考えを解説することとしたい。一方で、GADV仮説は主として遺伝子やタンパク質のデータベースの解析を中心に進めた研究に基づいて得られたものである。もちろん、遺伝子やタンパク質のデータベースは多くの人の実験によって得られたものである。とは言っても、現時点では実験的証拠の少ないことがGADV仮説の弱点の一つとなっていることも確かである。そのため、本総説の最後で、GADV仮説をより確かなものとするために必要だと思われる実験にはどういうものがあるかについても記載しておくことする。


図2.池原が提唱する「生命は[GADV]-タンパク質の擬似複製によって形成された[GADV]-タンパク質ワールドから生まれたとの」GADV 仮説。

2. GADV仮説の要点 2.1 私が生命の起原に関する GADV 仮説を提唱するに至った経過
    1.3 の「私の提唱する GADV 仮説」の中でも書いたように、私の研究は現在でも全く新規な遺伝子が生まれているとしたら、どこからなのかという問いから始まった。その結果、最初に得た一つの結論が「全く新しい遺伝子が今でも生まれているとしたら、GC 含量の高い遺伝子のアンチセンス鎖上に高い確率で現れるノンストップフレームからだ」という GC-NSF(a) 新規遺伝子生成仮説であった [14]。続いて、GC-NSF(a) が SNS の繰り返し配列に近いことをきっかけに、現在の普遍遺伝暗号(標準遺伝暗号とも呼ばれるが、ここでは非普遍遺伝暗号を例外的な遺伝暗号と考え、普遍遺伝暗号と呼ぶことにする)はSNS という16通りの遺伝暗号(コドン)が10種のアミノ酸をコードする暗号から生まれたとの SNS 原始遺伝暗号仮説に至った [15]。さらに、より単純な、したがって、より古い時代の遺伝暗号を追求した結果、最も古い遺伝暗号として、4種の暗号が4種のアミノ酸をコードする GNC 原初遺伝暗号に辿りついたのである [16]。そして、もしも最初の遺伝暗号が GNC だったとすると、最初のタンパク質は GNC がコードする [GADV]-タンパク質だったはずだということに気がついた。この4種の [GADV]-アミノ酸からなるタンパク質が最初のタンパク質だったとしたら、 [GADV]-タンパク質による擬似複製が可能ではとの思いがよぎった。そして、最終的に生命の起原に関する GADV 仮説を思いついたという次第である [9-13]。このことは、現在の遺伝子の生成場所を考え、SNS 原始遺伝暗号、GNC 原初遺伝暗号、 [GADV]-タンパク質の起原、そして、生命の起原についての GADV 仮説へと至ったことを意味している。言い換えれば、全くの偶然だったが、現在から順に過去へと進み、最終的に原始地球上での現象、即ち、生命の誕生に思い至ったことになる。

2.2 GADV 仮説が推定する生命誕生までの歩み
   こうして得たGADV仮説の中で、私は、生命は次のような過程を経て誕生したと考えている。(1)前生物的環境下で容易に合成できる4種のアミノ酸が原始地球上に蓄積した。(2)これらのアミノ酸が岩の窪みなどで蒸発・乾涸を繰り返す内に [GADV]-ペプチドを生成した。(3)これらの [GADV]-ペプチドが集合することで [GADV]-タンパク質が形成された。(4)こうして形成された [GADV]-タンパク質が周りの [GADV]-アミノ酸を重合し [GADV]-タンパク質を合成するという擬似複製によって、[GADV]-タンパク質ワールドが形成された。このようにして、遺伝子が形成されるよりもはるか以前に、[GADV]-タンパク質による [GADV]-タンパク質の合成、即ち、擬似複製が行われたのだ。ただ、こうした状況下での [GADV]-タンパク質による [GADV]-タンパク質合成は、合成されたタンパク質のアミノ酸配列が全て異なる。したがって、全ての [GADV]-タンパク質の構造も異ならざるを得ない。そのため、私は遺伝子形成以前の [GADV]-タンパク質による水溶性で球状の [GADV]-タンパク質の合成を、自己複製ではなく、擬似複製と呼んでいるのである。(5)続いて、[GADV]-タンパク質ワールドでヌクレオチドやオリゴヌクレオチドが合成された。(6)[GADV]-アミノ酸とGNC を含むオリゴヌクレオチドの間での特異的相互作用によって、最初の GNC 原初遺伝暗号が確立された。(7)[GADV]-アミノ酸とGNC を含むオリゴヌクレオチドとで形成された複合体内のGNC を連結させることで、一本鎖 (GNC)n 原初遺伝子が形成された。(8)続いて、一本鎖 (GNC)n 原初遺伝子の相補鎖が合成されることで複製の可能な二重鎖 (GNC)n 遺伝子が形成され、最初の遺伝的システムの完成を見ることができたのだ。こうして、この地球に最初の生命が誕生したのであろう[9-13]。

2.3 生命の基本システムの形成方向は遺伝情報の流れと逆
    上で書いたように、全くの偶然だったが私の研究は現在から過去に向かって、遺伝子の生成過程から始まり、遺伝暗号の起原、タンパク質の起原へと遺伝情報の流れに沿って進んだことになる。こうして、到達した生命の起原に関する GADV 仮説に基づいて生命が生まれた過程を考えると、生命誕生の過程は、[GADV]-タンパク質の擬似複製によって形成された [GADV]-タンパク質ワールドから始まり、遺伝情報の流れを遡るように GNC 原初遺伝暗号の確立、(GNC)n 一本鎖RNA遺伝子の形成、(GNC)n 二重鎖RNA遺伝子の形成、そして最終的に (GNC)n 二重鎖DNA遺伝子の形成が行われたと考えることができる。このように、私は地球上の生命が生きる上で最も基本としている遺伝子と遺伝暗号、そして、タンパク質からなる生命の基本システムは遺伝情報の流れを遡るように形成されたのだと考えている(図3)。
   その際、GNC を含むオリゴヌクレオチドと [GADV]-アミノ酸が立体化学的に対応することでGNC 原初遺伝暗号が成立したと私は考えている。次の段階の (GNC)n 一本鎖遺伝子の形成や (GNC)n 二重鎖遺伝子の形成過程は、何度かの試行錯誤の結果、(GNC)n 配列を使って合成された水溶性で球状の [GADV]-タンパク質が生存にとって有効でなかった場合には遺伝子として定着せず、たまたま有効な機能を発揮できた時にその (GNC)n 配列が遺伝子として定着したのだ。特に、二重鎖 (GNC)n 配列が遺伝子として定着した後は、遺伝子は複製という過程によって子孫へと長く伝えられていくことになる。そのため、遺伝子を形成するまでの試行錯誤は大きな問題とならなかった。そして、GC-NSF(a) から全く新規な遺伝子が生成される際など、今でも同じ仕組みにしたがっていると私は考えている。要するに、全く新規な遺伝子が生み出される際には、それまで存在したタンパク質の触媒機能を遺伝子の塩基配列に直接移すことは不可能で、どの時代であっても全く新規なタンパク質の機能は、試行錯誤の結果として遺伝子を形成せざるを得なかった。そして、今でも必要に応じて、同じ仕組みで全く新規な遺伝子とタンパク質を生み出しているのである。
    このように、私は生命の基本システムの形成が遺伝情報の流れを一歩ずつ、あるいは一段階ずつ遡るように形成されたと考えている。それと同時に、私はいつの時代も遺伝情報は現在の遺伝情報と同じ方向に流れていたと考えている。即ち、GNC 原初遺伝暗号が確立された時点、即ち、遺伝子が形成される以前で、遺伝暗号しか無かった時代には、GNC 原初遺伝暗号だけを使って [GADV]-タンパク質合成が行われていたのだ。また、(GNC)n 一本鎖RNA遺伝子(現在のmRNAに相当)が形成された時点では、(GNC)n 一本鎖遺伝子の持つ遺伝情報をGNC 原初遺伝暗号を使ってアミノ酸配列に移すように [GADV]-タンパク質合成が行われていたのだ。同じように、(GNC)n 二重鎖RNA遺伝子が形成された時点では、(GNC)n 二重鎖遺伝子を転写し、(GNC)n mRNA を合成した後、遺伝情報をGNC 原初遺伝暗号を使ってアミノ酸配列に置き換えるように [GADV]-タンパク質合成が行われていたのである。


図3.セントラルドグマが示す生命が生きて行く上で最も重要な遺伝子、遺伝暗号およびタンパク質からなる三つの要素は、遺伝情報の流れを遡るように、[GADV]-タンパク質(ワールド)から始まり、GNC 原初遺伝暗号、(GNC)n 原初遺伝子の形成へと進んだ。ただ、いつの時代も、遺伝情報の流れは現在の生命で行われているのと同じ方向に流れていた。

2.4 タンパク質の形成過程(タンパク質の0次構造([GADV]-アミノ酸))
    ここでは私が [GADV]-タンパク質による擬似複製が可能であったことの根拠としているタンパク質の0次構造という概念を、4種の [GADV]-アミノ酸をほぼ均等に含むアミノ酸の組み合わせの場合で説明することとしよう。
   私が、[GADV]-アミノ酸がタンパク質の0次構造の一つであると主張する理由は、タンパク質のアミノ酸組成と個々のアミノ酸が持つそれぞれの因子を掛け合わせることによって得られる現存の水溶性で球状の微生物タンパク質が平均的に持つ4つの性質(疎水性/親水性度、α-へリックス形成能、β-シート形成能、およびターン/コイル形成能)を、[GADV]-アミノ酸をほぼ均等に含むタンパク質なら満足できるからである。このことは、4種の[GADV]-アミノ酸をほぼ均等に含むプールを想定し、その中のアミノ酸をランダムに連結することによって形成されるタンパク質は、いずれもが4つのタンパク質の構造形成条件を満足できることを意味している。言い換えれば、[GADV]-アミノ酸をほぼ均等に使って作られたタンパク質は、そのいずれもが同じアミノ酸組成を持つため高い確率で、水溶性で球状のタンパク質を形成できるはずである。もちろん、遺伝情報に基づいたタンパク質の合成ではないため、アミノ酸組成は同じであっても、アミノ酸配列は異なる。そのため、遺伝子形成以前に合成された [GADV]-タンパク質は、どのタンパク質も異なる構造を持つこととなる。そのため、[GADV]-タンパク質による[GADV]-タンパク質の合成を私は擬似複製と呼んでいるのだ。
   このように、アミノ酸をランダムに連結しても、水溶性で球状のタンパク質を形成できるアミノ酸組成をタンパク質の0次構造と呼んでいる(図4)。また、[GADV]-アミノ酸以外のタンパク質の0次構造には、6つの構造形成条件を満足する SNS (原始)遺伝暗号がコードする10種のアミノ酸や (SNS)n とほぼ類似のGC-NSF(a) 上の塩基配列がコードするアミノ酸組成がある(図4)。


図4.タンパク質の形成はいつの時代も、水溶性で球状のタンパク質を作るアミノ酸組成(これを私はタンパク質の0次構造と呼んでいる)の中でアミノ酸をランダムにつなぐことから始まった。こうして形成された現存の酵素タンパク質よりはいくらか柔らかい構造を持つ水溶性で球状のタンパク質の表面に、生存にとって有益な触媒活性が存在した時、その基質認識能と触媒活性を高めるように変異が集積し、構造が適度に硬く、認識能と触媒活性の高い成熟タンパク質へと進化したと私は考えている。

2.5 GNC 原初遺伝暗号の形成過程(立体化学的相互作用)
    私は [GADV]-タンパク質の擬似複製によって生みだされた [GADV]-タンパク質によって、[GADV]-タンパク質ワールドが形成されたこと、その [GADV]-タンパク質ワールド内の [GADV]-タンパク質の多様な触媒活性によって [GADV]-アミノ酸の合成や遺伝的システムの形成に必要なヌクレオチドやオリゴヌクレオチドが合成されたと考えている。こうして、[GADV]-アミノ酸やオリゴヌクレオチドが蓄積されるにつれて、[GADV]-アミノ酸と GNCを含むオリゴヌクレオチドの間での立体化学的相互作用によって、最初のGNC原初遺伝暗号が確立された。この遺伝暗号の成立過程について、私は清水幹夫先生らの立体化学説に依拠しているが、後でも述べるように、本当にGNC原初遺伝暗号が立体化学的に成立し得るのかどうかについては、実験的に証明する必要のある重要な事柄の一つだと考えている。

2.6 遺伝子の形成過程(試行錯誤による過程)
   RNAワールド仮説は遺伝子を中心に生命の起原を追求する考えである。しかし、私はRNAを [GADV]-タンパク質のようなタンパク質触媒の無い条件下で本当に形成できたのかについては大きな疑問を持っている。それでも、RNAがタンパク質触媒の無い条件下で形成できたと仮定してみることにしよう。そのようなRNAが形成できたとしても、その時点で遺伝暗号が成立していなければ何の意味も持たない。それだけではなく、一つ一つのヌクレオチドを重合することによって形成されるRNAには、タンパク質の情報となるための三つ組塩基の枠が存在しない。したがって、そのようなRNAを翻訳するには、最初から64通り近くの暗号を(したがって、20種程度のアミノ酸も)用意しておく必要があるだろう。最初にそのような複雑な暗号ができるだろうか。このような点においても、RNAワールド仮説は大変面白い考えではあったが、私にはRNAワールドの実現そのものが不可能に思える。 以上のような点を考慮すればするほど、私には [GADV]-タンパク質ワールドから生命誕生への歩みが始まり、続いてGNC原初遺伝暗号が確立され、続いて遺伝暗号を繋ぐことで最初の遺伝子が形成されたと考えざるを得ないと思える。したがって、遺伝子の形成原理を考えると、(1)遺伝子はあらかじめ遺伝暗号が存在してこそ、その機能を発揮できること。(2)このことは、遺伝子よりも遺伝暗号が先に存在せざるを得ないことを意味している。したがって、(3)遺伝暗号を連結することによってしか、遺伝子を形成することはできないはずだ。(4)一方で、タンパク質の触媒機能を遺伝情報として塩基配列に移転させることは不可能である。(5)RNA上の遺伝情報は遺伝暗号を使って翻訳し、合成されたタンパク質がその時点で生存にとって有利となるような機能を持つか持たないかを判定し、RNA が有効なタンパク質の情報を持った時にのみ遺伝子として確立されざるを得ないだろう。 以上のような遺伝子の形成原理の下で、試行錯誤を繰り返しながら遺伝子は形成されてきたと私は考えている。

3. 私の考えるGADV仮説の長所
   RNAワールド仮説では、遺伝子とタンパク質の間に見られるいわゆる「ニワトリと卵」の関係は、セントラルドグマでいう遺伝情報の流れの中央に位置するRNAからその形成が始まり、後になって遺伝子機能は DNA に、触媒機能はタンパク質に移すというように、それぞれの機能を左右に移すように形成されたと考えられている。しかし、ここでも RNA の触媒機能をタンパク質に本当に移すことができるのかという問題が残る。それに対して、GADV 仮説なら、タンパク質から遺伝暗号、そして、遺伝子の形成へと遺伝情報の流れの最も下流から、その流れを遡るよう形成されたと考えて上手く説明できる。この方が、RNAワールド仮説よりもはるかに合理的だと私は考えている。また、GADV仮説では、原始地球上で前生物的に(タンパク質触媒の無い条件下で)容易に形成できる [GADV]-アミノ酸から始まる考えである。原始地球上の岩の窪みなどで容易に起こる蒸発・乾涸は、脱水縮合にとって有利な条件であり、実際に、アミノ酸を蒸発・乾涸することでアミノ酸が重合し、ペプチドを生成できることも良く知られた事実である [17, 18]。実際、私の研究室で行った実験でも、[GADV]-アミノ酸を30回ほど蒸発・乾涸を繰り返すとペプチドが形成できることを確認している [19]。また、GADV仮説では、構造の簡単な化合物([GADV]-アミノ酸やそのペプチドとタンパク質)から、より構造の複雑な化合物(ヌクレオチドやオリゴヌクレオチド、RNA)へと物事がより進みやすい方向で考えることができる。また、GADV仮説の中で、私は [GADV]-タンパク質による触媒機能が先にでき、後になって、[GADV]-タンパク質による触媒機能を効果的に再生できるように遺伝的機能が生まれたと考えている。それに対して、RNAワールド仮説は、生命を生みだす基となった化合物の進化方向の点でも機能の進化方向の点でも、GADV仮説と反対の方向で、どちらかと言えば困難で無理をした考えとなっている。
   このように GADV 仮説は生命の起原を考える上ではいくつもの長所を持っている。その上、生命の起原や遺伝子、遺伝暗号、タンパク質の起原を包括的・統一的、かつ、より合理的に説明できる可能性の大きな考えである。これらの点を考慮すると、生命誕生への道はRNA ワールド仮説よりも、GADV仮説の方が上手く説明できると私は確信している。

4. GADV仮説を証明するために必要な実験
    これまで、私は主に遺伝子やタンパク質のデータベースを解析することによって研究を進めてきた。その結果として GADV 仮説に到達したのである。そんなこともあって、GADV仮説は実験的証拠が少ない、あるいはGADV仮説は根拠の乏しい仮説の上に仮説を積み上げるものとなっているとの批判を受けることもあった。そこで、ここではまずそれらの批判に対する私の考えを述べることとしたい。

4.1 実験的証拠が少ないとの批判について
   確かに、一般的な意味での実験的証拠が少ないのは事実である。しかし、遺伝子やタンパク質のデータベースは私や私のグループが実験したわけではないが、多くの人の実験によって得られた結果がコンピューター上に蓄積されたものである。したがって、遺伝子やタンパク質のデータベースを解析することによって得られたGADV仮説は、ある種、実験結果に基づいて得られた考えだと言って間違いはないだろう。また、GADV仮説を得る過程でも、私は一つの考えが得られたら、そして、もしもそれが正しいとしたら次のようになっているに違いないなどと予測した。その予測が正しいのかどうかを、遺伝子やタンパク質のデータベースに問いかけ、私の予測の正しいことを確認してきたのだ。その意味でも、私の考えは間接的ではあるが実験結果に基づいて得られたものだと考えている。

4.2 GADV仮説は砂上の楼閣に楼閣を積み上げるような考えだとの批判について
    確かに、私のGADV仮説は、「今でも全く新規な遺伝子が生まれているとしたらどこなのか」という問いから研究を始め、続いて、SNS 原始遺伝暗号に、そして、GNC 原初遺伝暗号に到達した。さらに、タンパク質の起原(または、タンパク質の生成原理)を経て、生命の起原に関する GADV 仮説を得たのである。このように、GADV 仮説は、一つの到達点が次の到達点を生みながら、芋づる式に出会った考えの最終到達地点として得られた考えである。だから、「GADV仮説は砂上の楼閣に楼閣を積み上げるような考えだ」と見えても仕方がないのかもしれない。しかし、実際に研究を進めてきた私は全く違った感覚で捉えている。それは、一つの考えが得られた後で、その考えが正しいとすれば「次のようになっているはずだ」と思い、そのことが正しいのかどうかを、遺伝子やタンパク質のデータベースで確かめてきたのだ。そうして得られた考えを総合的に判断すると、得られた考えのいずれもが矛盾しない結果となっていることが分かったのである。その意味では、私には GADV 仮説は「砂上の楼閣に楼閣を積み上げるような考え」なのではなく、「砂上かもしれない楼閣の下を確かめると硬い土地の上に立っていることを確認した考え」だとの感覚の方が近い。

4.3 GADV仮説を証明するのに必要な実験操作について
  これまで説明してきたように、私は当然のことながら私の提唱する GADV 仮説に大きな自信を持っている。しかし、実験的証拠が少ないのも事実である。そのため、GADV 仮説をより強固なものとするためにも、以下のような実験的証拠を得る必要があると考えている。
(1) [GADV]-タンパク質の構造について
[GADV]-アミノ酸をほぼ均等に含む [GADV]-タンパク質は、現存の水溶性で球状のタンパク質が持つ疎水性/親水性度、α-へリックス形成能、β-シート形成能、ターン/コイル形成能の四つのタンパク質の構造形成条件を満足できる。このことから、私は [GADV]-アミノ酸をランダムに連結することで形成されるタンパク質は、水溶性で球状のタンパク質を高い確率で形成できると考えている。しかし、[GADV]-アミノ酸をランダムに連結し形成したタンパク質が本当に水溶性で球状のタンパク質となり得るのかどうかを確かめる必要がある。このことは、[GADV]-タンパク質が触媒活性を持ち得るのかにも関係する重要な点である。以上の点からも、[GADV]-アミノ酸をランダムにつないだタンパク質が本当に水溶性で球状のタンパク質となるのかを実験的に確認する必要がある。
(2) [GADV]-タンパク質の触媒活性について [GADV]-アミノ酸のランダム重合によって形成された水溶性で球状のタンパク質にどのような触媒活性があるのかを確かめることも重要である。なぜなら、ペプチド形成活性の存在によって初めて可能となる [GADV]-タンパク質の擬似複製とそれに伴う [GADV]-タンパク質ワールドの形成に関わる極めて重要なポイントの一つだからである。
(3) GNC 原初遺伝暗号の成立過程について
私は、[GADV]-アミノ酸と、対応するGNC を含むオリゴヌクレオチドの立体化学的相互作用による特異的結合がGNC 原初遺伝暗号を成立させたと考えている。しかし、本当に [GADV]-アミノ酸と、対応するGNC を含むオリゴヌクレオチドの間で特異的な結合が生じるのかを実験的に確かめる必要がある。また、この立体化学的相互作用を通じてGNC 原初遺伝暗号が成立したのかを確認できるかどうかは、遺伝暗号の成立過程が遺伝子とタンパク質の関係を生みだす発端となったという意味で極めて重要な実験の一つだと考えている。
(4) 一本鎖 (GNC)n 遺伝子の形成過程について
私は最初の遺伝子は、 [GADV]-アミノ酸と、対応するGNC を含むオリゴヌクレオチドの間で特異的に形成された複合体内の GNC を連結することで形成されたと考えている。この点も、本当に最初の (GNC)n 遺伝子が私の予測するように形成されたのかを実験的に確かめる必要がある。
(5) 二重鎖 (GNC)n 遺伝子の形成過程について
私は [GADV]-タンパク質が一本鎖 (GNC)n 遺伝子の相補鎖を合成することで二重鎖 (GNC)n 遺伝子が形成されたと考えている。しかし、本当に [GADV]-タンパク質が相補鎖を合成し、二重鎖の (GNC)n 遺伝子を形成できるのかを確認する必要がある。二重鎖 (GNC)n 遺伝子の形成後に、初めて遺伝子の自己複製が可能となったのだ。その意味で、この二重鎖遺伝子の形成過程も生命の誕生にとって極めて重要な過程の一つである。

5. おわりに

  上でも記載したように、現時点では、GADV 仮説にも実験的証拠が少ないなどの弱点があるのは事実である。しかし、本総説の中で述べてきたように、GADV 仮説は、生命の起原を解明するために最も重要であると思われる、遺伝子や遺伝暗号、そして、タンパク質の三つの要素がどのようにして形成されたのかを上手く説明できる。それに対して、これまでに提唱されているどの考えも上記の三つの要素の形成過程を具体的に説明してはいない。いや、説明することが難しい考えである。それだけではなく、これまでに提出されている考えとは別にどのように考えても、遺伝子と遺伝暗号、そして、タンパク質の形成過程をGADV仮説のように、具体的、かつ、統一的に説明することは不可能であろう。そのような点を考慮すると、生命はGADV仮説の予測するように進んだと思えて仕方がない。少なくとも、私にはそう思える。この総説を読まれた方々はどのようにお考えだろうか。私は、科学の場で行われる議論だけでなく、どんな議論でも堂々としたものであるべきであると思っている。そのような議論でさえあれば、私は私の主張する考えと対立する考えをお持ちの方とも堂々と議論し合いたいと考えている。そのためにも、GADV仮説やそれに関連した生命の起原についてのご意見をお持ちの方は、私の考えに賛成でも反対でもどちらの意見でも構わない。私まで気軽に連絡していただければと考えている。

謝辞

  第37回「生命の起原および進化学会」での特別講演をきっかけに本総説を書かせていただく機会を得た。その意味で、私に特別講演を依頼していただいた大阪薬科大学の浦田秀仁先生には大変感謝しています。
また、私は、これまでも何人かの人に支えていただき研究を進めることができた。特に、これまでも、現在 G & L 研究所長で、前奈良佐保短期大学学長であり、奈良女子大学名誉教授である大石正先生には公私共に大変お世話になってきました。そして、現在も大変お世話になっています。ここに、改めて感謝の意を表させていただきたいと思っています。

参考文献等

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