Viva Origino Vol.40 No.4
ミトコンドリア翻訳系から遺伝暗号の起源を探る

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渡辺公綱
(東京薬科大学・客員教授、東京大学名誉教授)

   遺伝暗号は生物の最も基本的な法則であり、それは全生物共通(普遍暗号)と考えられてきたが、ミトコンドリアだけでなくマイコプラズマ、酵母のような自立生物においても、幾種類かの非普遍暗号が発見されるにつれ遺伝暗号は生物の進化によって変化するものであるという概念が定着した。我々は種々の動物ミトコンドリアの非普遍暗号の解読機構を解明することにより、初期遺伝暗号を推定し、遺伝暗号の起源を探りたいと考えている。
   動物ミトコンドリアでは、6種類のコドンが非普遍暗号として知られており(UGA, 終止コドン→Trp、AUA, Ile→Met、AAA, Lys→Asn、AGA/AGG, Arg→Ser、Glyまたは終止コドン、UAA, 終止コドン→Tyr)、それらが指定するアミノ酸は動物門によって変化する。我々は種々の動物門からこれらのコドンに対応するミトコンドリアtRNAを往復循環カラムクロマトグラフィー(RCC)法により単離し、これらのtRNAの塩基配列を液体クラマトグラフィー・マススペクトロメトリー(LC/MS)法により、修飾塩基を含んだ形で決定し、特にアンチコドンとコドンの対応関係を精査している。この過程で数種類の修飾塩基を見出し(7メチルG (m7G), 5-カルボキシメチルアミノメチル(2-チオ)U (cmnm5(s2)U)、5-タウリノメチル(2-チオ)U (τm5(s2)U)、5-ホルミルC (f5C)、プソイドU (Ψ))、その殆どのものはアンチコドン1字目(34位)に存在することを明らかにした。現在までの知見によれば、非普遍暗号が関与するコドン-アンチコドンの相互作用は次の通りである。

   このように非普遍暗号の解読は、アンチコドンの修飾塩基が関与するものばかりであったが、最近我々はイカ・ミトコンドリアで未修飾のC34がコドン3字目のG3とA3に対合することを発見した。すでに既往研究により未修飾U34はコドン3字目の4つすべての塩基と対合すること、未修飾のA34も線虫ミトコンドリアtRNAArgAGCではコドン3字目の4つすべての塩基と対合すること、未修飾のG34は昆虫ミトコンドリアtRNASerGCUでコドン3字目のU3, C3, A3の3塩基と対合すること、などが明らかにされている。これらの知見を総合すると、アンチコドン1字目の4種類の未修飾塩基 (U34, C34, A34, G34) がコドン3字目のどの塩基 (U3, C3, A3, G3) をも認識する能力を持つとの見解に達した。初期の暗号解読系では、修飾塩基は存在していなかった(修飾酵素がまだ生じていなかった)と推測されるので、未修飾のtRNAだけで作動していたと考えられる。現存する遺伝暗号表で最も簡単な哺乳動物ミトコンドリアの暗号表をモデルとすると、初期遺伝暗号表は以下のようなものだったと推測される。

   8個のファミリーボックスは未修飾U34をもつtRNAで解読されるのは自明であるが、ではコドンボックスが上下2個の2コドンセットで分割されている場合、上半分がG34をもつtRNAで解読され、下半分はU34(場合によってはC34)をもつtRNAで解読されるのはどうしてだろうか。我々はこの場合はリボソームA部位において2個のtRNAのcompetitionが起こるためではないかと考えている。すなわちコドンボックスの上半分の場合、リボソームA部位においてG34-U3, G34-C3塩基対がU34-U3, U34-C3塩基対より形成され易いとすれば、その2コドンセットはG34をもつtRNAで解読される。一方コドンボックスの下半分の場合、U34-A3または C34-A3塩基対がG34-A3塩基対より形成され易ければ、その2コドンセットはU34(またはC34)をもつtRNAで解読される。このようにして初期遺伝暗号が確立されたのではないだろうか。
   この仮説を検証することが今後の課題である。

   本研究は東京薬科大学生命科学部・横堀伸一博士と東京大学工学系研究科・鈴木勉博士のグループとの共同研究によるものである。



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