Viva Origino Vol.40 No.4
アミノ酸のホモキラリティーとtRNA

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田村浩二
(東京理科大学基礎工学部生物工学科)

      清水幹夫先生が八十歳を迎えられ、「生命の起源に魅せられて」と題した傘寿記念ミニシンポジウムが行われることになった。清水先生の教え子の一人として大変嬉しい限りである。清水先生が惑星大気の研究からご転身され、1982年に、生命の起源、特に、遺伝暗号の起源についての画期的な仮説である「C4N(Complex of 4 Nucleotides)仮説」を提唱され、その実験的な検証を始められた頃(1989年)に、私は東大の物理学科の大学院生として、清水先生の研究室で、今日につながる研究の第一歩を踏み出した。C4N仮説が主張するtRNAのアンチコドンとディスクリミネーターとで構成されるポケットによってアミノ酸を認識するという仮説は、ワトソンとクリックが分子モデルによってDNAの構造を明らかにしたのと、発想の点においては同質のものであると私は考えている。これはそれまでの生物学者の発想ではなく、まさに物理学者の発想である。当時、核酸化学シンポジウムの際に、座長を務めていたのが故・三浦謹一郎先生であり、三浦先生は、「日本でもこのようなモデルを提唱する人が現れた」というようなフレーズで、清水先生のご発表を紹介したと伝え聞いているが、三浦先生も、清水先生の発想の点において、ワトソン・クリックと同質のものを感じ取られたのではないかと推察している。
 私が清水先生の研究室で最初に与えられたテーマはtRNAのアイデンティティー要素を明らかにするというものであった。現在の生物は、アミノアシルtRNA合成酵素(aaRS)によって、特定のアミノ酸が特定のtRNAに結合されているが、もしC4N仮説が正しければ、aaRSは、C4Nが主張するtRNAのアンチコドンとディスクリミネーターを、現在の系において認識しているに違いないという考えのもと、アラニルtRNA合成酵素(AlaRS)がtRNAAlaのどの部分を認識しているかについて研究を行っていった。当時、tRNAAlaの研究はMITのPaul Schimmel教授がミニヘリックスという概念を出しながら、tRNAAlaのアクセプターステムに存在するG-Uというウォブル塩基対の重要性を大々的に指摘していたが、私は、tRNAAlaのディスクリミネーターの役割の解明については、少しは貢献できたのではないかと考えている。
 清水先生は、当時から大先生であったにも関わらず、早朝からご自身で実験をされていた。そして、その結果を見ながら、常々考えておられ、何が重要であるのかについても、知らず知らずに清水先生のお言葉を耳にできたことは、今になって思うが、大変有り難いことであった。さきほど、物理学者の発想ということを述べたが、清水先生は、物理は「事の学問」であると常に口にされていたように思う。物の理がどのようであるのかを問うのが物理で、化学とはまったく発想が違うということを言われていた。
 さて、不思議なもので、その後、私はMITからScripps研究所に移ったSchimmel教授のもとで研究する機会を得た。英語もままならないままの渡米であったが、渡米直後にSchimmel教授は研究テーマの候補として三つの案を私に示した。その中で私が選んだのは、一番シンプルな系のものであった。これは、物事の本質に迫るには、そのような系でないと難しいだろうという直感からであった。今回のミニシンポジウムで話させていただく内容は、Schimmel教授から与えられたテーマではなかったが、Scripps研究所で最初に始めた研究の延長線上でつながっているものである。現在の生物系において、tRNAのアミノアシル化はaaRSによって行われているが、この反応では、まず、アミノ酸が「アミノアシルAMP」という形に活性化され、次に、この活性化アミノ酸がtRNAに転移される。しかしながら、aaRS自体がタンパク質合成系の産物であり、aaRSが存在しない状態で、どのようにしたらtRNAのアミノアシル化が可能になるだろうかという素朴な問いが、この研究のスタートであった。アミノアシルAMPは原始地球環境で生成されうることが知られているので、アミノアシルAMPをミミックした「アミノアシル-リン酸-オリゴヌクレオチド」を用いたモデルを考案した。その結果、aaRSが存在しない状態でも、アミノアシル化反応が起こることが明らかになった。また、D-リボースから構成される通常のRNAミニヘリックスはL-アミノ酸と優位に結合し、RNAミニヘリックスのリボースをL型に変えると、D-アミノ酸が優位に結合した。tRNAのアミノアシル化は、アミノ酸とRNAが最初に出会うステップであり、進化の過程で、この反応がアミノ酸のホモキラリティーと何らかの重要な関わりがある可能性が考えられる。
 この研究に対しては、清水先生からも国際電話をいただき、お話をさせていただいたことがある。清水先生からいただいた言葉で、一番嬉しく思ったのは、「これこそ物理の発想で、化学者もやればできたのに、誰もやろうとしなかった」というようなものであった。清水先生には、その後、私の帰国の際も大変サポートしていただいた。今回、このような傘寿記念の会で、講演できることを大変光栄に思うとともに、清水先生のご研究の益々のご発展と清水先生のご健勝をお祈りしたい。




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